日本に対し「不当の扱い」を繰り返してきたロシア



 「能く日本人民の闘志無きを看破する」ゆえにゴリ押しするロシアに対し、結果としてそれを受け入れてしまう日本――「是蓋し天下の好一対なり」とは、戸水の時代から1世紀以上が過ぎた現在の両国の関係にも当てはまるようだ。なぜ、そうなのか。なぜ、1世紀が過ぎても変わらないのか。いや、変われないのか。

 ウラジオストックの人口は1901(明治34)年1月1日段階の調査では37,597人。翌年に上陸した「支那人の数ですら四万人以上」。居留民事務所に届け出ている日本人は3000人ほど。これ以外に「何処から来た人か分からぬものも隨分」と居るようだ。驚くことに日本人女性で「支那人の妾となりて居るもの」は、不確かな数だが「三百人位は居るだらうと思ひます」。彼女らの間では「互い連絡が付て居るよう」であり、特に組織化されているわけでもなさそうではあるが、先に立つ者がいて互いに連絡を取りながらイザという時には助け合っているようだ。

 ウラジオストックには「支那の出稼人が頗る多」く、「大抵は山東から来たのです」。加えるに「満州の支那人も山東から来たものが余程多い」。じつは当時の満洲各地には山東省からの出稼ぎが少なくなかったのだ。

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