板門店米朝首脳会談、果たして単純な「政治ショー」なのか?

板門店米朝首脳会談、果たして単純な「政治ショー」なのか?

(REUTERS/AFLO)

ハノイで「喧嘩別れ」となったトランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は6月30日、板門店で「電撃的な再会」を果たした。多くのメディアはこの会談を単なる「政治ショー」と評しているが、果たしてそうなのか。会談の一部始終を見る限り、確かに「ショー」と言える部分がある。

 ただ、それが単純な「ショー」なのか。「ショー」と「実務」を二項対立的に捉えるよりも、当事者にとっての真の「実務」とは何かを見極めことがはるかに大事である。政治家のあらゆる「ショー」は、その真の「実務」遂行・達成のためのツールに過ぎない。では、当事者たちの「実務」とは何であろうか。

■「核廃棄」を棚上げにするワケ

 メディアも含めて米朝以外の「第三者」にとっての「実務」とは、北朝鮮の核廃棄だったり、あるいは日本にとっては拉致者問題の解決だったり、当事者によってはそれぞれ異なる「実務」を抱えている。

 もちろん、「核放棄」は当事者である米国にとっても大事なアジェンダである。しかし、現状を見る限り、金正恩に核を完全放棄させることはほぼ不可能だということが分かる。「だからこそ努力するんだ」という精神論の次元に突入し、理想と現実のギャップを無視して実現不可能な「最善」を求めても生産的ではない。

 そもそも論になるが、核放棄を求める最終的目的は、核の使用を根絶するためである。

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