「人間臨終図巻」をひもとく

「人間臨終図巻」をひもとく

(francescoch/gettyimages)

降り続いた長雨のせいか、それとも単に馬齢を重ねたためか、この7月は山田風太郎の『人間臨終図巻(T・U・V)』(徳間書店)を眺めて過ごす時間が多かった。

 この本は、古今東西の著名人の死に方を、医学を学んだ山田が「解剖学者が屍体を見るように」観察し、簡略な解説を加えたもの。

 10代半ばで死亡した八百屋お七やアンネ・フランクから、121歳まで生きた泉重千代までを、年齢ごとに3巻に分けて収めてあるが、やはり気になるのは自分の年齢前後で亡くなった文学関連の人々だ。

 私の好きな与謝蕪村は67歳で逝去した。

 京都の室町綾小路に住んでいた蕪村は、天明3(1783)年秋に体調を崩して寝込むようになり、12月半ばから病状が悪化した。

 門人に「言い残すことはない」「若い頃の漂泊の苦労に比べれば、今は安楽」「離縁されて戻った娘くのが心掛かりだが、今更そんなことを案じても」などと語っている。

 24日夜、病状が一時和らいだ時に、弟子の松村呉春を呼んで病中吟を書き取らせた。

 〈しら梅に明くる夜ばかりとなりにけり〉

 翌日暁に往生。この句が辞世となった。

 山田は、「辞世らしくないところが、純粋に“詩”に生きた蕪村らしい」と解説する。

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