凶悪事件が起きた時、私たちはどのようにメッセージを発すべきか

凶悪事件が起きた時、私たちはどのようにメッセージを発すべきか

iStock / Getty Images Plus / BrianAJackson

日本で起こる無差別殺傷事件が止まるところを知らない。

 2016年、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に元職員の男が侵入し包丁などで入所者19人を殺害した。今年に入ってからは、5月に川崎市多摩区で起こった登校途中のスクールバスを狙った通り魔殺傷事件で18人が負傷、2人の命が奪われた。7月の京都アニメーション放火事件では、被害を受けた68人のうち現時点で35人が亡くなり、殺人事件の死者数として戦後で最も多いとも言われる。

 この次はいつ、どこで起こるのか。だれが加害者で、だれが被害者となるのか。近頃は日本のニュースを見ていると、どこもかしこもが腐食して今にも手すりが落ちたり底が抜けそうな橋を渡っているような錯覚におそわれる。幼いころ、とても頑丈に頼もしく見えていたこの橋は、いつからこんなにも脆く、危うくなってしまったのだろうか。

 考えさせられたのは、川崎市19人殺傷事件で犯人が自ら命を絶ったことをうけて、ネットにあふれた「他人を巻き込むな」「死ぬならひとりで死ね」という怒りの言葉に対し、「ひとりで死ねと言うメッセージを控えるべきではないか」という論争が巻き起こったことだ。

 論争の元となったのはソーシャルワーカーの藤田孝典氏の発言で、「人間は原則として、自分が大事にされていなければ他者を大事に思いやることはできない」「メッセージを受け取った犯人と同様の思いを持つ人物は、これらの言葉から何を受け取るだろうか」と、社会から発せられる負のメッセージが次の凶行への連鎖となることへの注意を促した。

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