セ・リーグも導入間近?DH制の意外な効用と問題点

ちなみに、開幕から46試合まで4割をキープしていた前記録保持者はあの張本勲氏である。

 その後、故障に泣かされた時期もあったが、近藤はいまや立派にクリーンアップに定着。19年は主に外野を守り、打率3割2厘、59打点、2本塁打をマークした。リーグ最高の105四球、出塁率4割2分2厘という数字は、栗山監督のDH起用によって磨かれた選球眼の賜物だろう。

 その一方、ベテランになって外野の定位置から外れ、DHに活路を見出したのが、西武の栗山巧である。01年のドラフト4位で育英高校から入団した彼は、08年に2番・レフトでレギュラーの一角に定着。バントをしない攻撃的2番打者として167安打を打ち、1番・片岡治大とシーズン最多安打のタイトルを分け合った。この年は優勝と日本一にも貢献し、ベストナインにも選ばれている。

 その後、外野のレギュラーとして10、11,13、14年と144試合にフル出場。10年には2度目のベストナインに加え、守備の個人タイトル・ゴールデングラブ賞も初受賞した。が、17年から故障がちになり、外野守備での肩の衰えも指摘され始め、徐々にベンチへと追いやられていく。守備力で栗山に勝る外崎修汰、金子侑司らの台頭も、栗山が控えに回された大きな要因だった。

 それでも、栗山は当時、こう言っていた。

 「ぼくを使ってみたいと、首脳陣に思わせればいいんですよ。

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