地政学的重要国オマーンの国王逝去による影響は

地政学的重要国オマーンの国王逝去による影響は

naruedom/iStock / Getty Images Plus

オマーンのカブース国王が1月10日に逝去、翌11日ハイサム新国王が即位した。カブース国王の下でのオマーンは安定を保ち、その穏健で独立した全方位外交(イランとも緊密)は「尊敬」され、米、英などとの関係は緊密だった。これには、英サンドハースト士官学校での教育や英の支援を受けた70年の宮廷クーデター等の経験が大きく影響しているのだろう。石油生産国となり経済発展も遂げた。アラブの春運動がオマーンにも波及した時、カブースは雇用の最重要性を強調、公的部門による若者の雇用増大等の措置を取り、これを乗り切った。イラン核合意でも大きな役割を果たした。2013年に米国とイランはオマーンの海辺の家で秘密に会談、2015年の核合意になる基本事項を作成したという経緯がある。

 心配されたのは王位継承だった。カブースの遺書を受けて王族会議が決定、従弟のハイサム文化相(65)が11日即位、継承問題を乗り切ったように見える。カブースには子供がおらず、存命中後継者の指名はしなかった。過去には部族間の抗争や左翼勢力の活動もあり王位継承は機微な問題であった。96年、カブースは国家基本法(憲法)を制定、国王継承につきサイド王族の男子の中から王族会議が選ぶこととし、手続き規則を定めた(湾岸諸国にみられる自動的な世襲を排除する意図もあったのだろう)。カブースは自分が指名する後継候補者の名前を書いた書簡をマスカットの王宮に残すとともに、同じ書簡を南部のサラーラの王宮にも残したと言われる。

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