『笑ゥせぇるすまん』が描いた「不愉快な真実」と ひとびとが求める「公正世界信念」 【橘玲の日々刻々】

『笑ゥせぇるすまん』が描いた「不愉快な真実」と ひとびとが求める「公正世界信念」 【橘玲の日々刻々】

『笑ゥせぇるすまん』が描いた「不愉快な真実」と ひとびとが求める「公正世界信念」 【橘玲の日々刻々】の画像

漫画家の藤子不二雄A(本名・安孫子素雄)さんが88歳でお亡くなりになりました。

『笑ゥせぇるすまん』(当時は『黒ィせぇるすまん』)を知ったのは高校生のときで、クラスの友人が持っていたものを読んで衝撃を受けました。登場人物はサラリーマン、学生、老人などさまざまですが、共通するのは小さなこころの「きず」を抱えていることで、それを喪黒福造がグロテスクなまでに拡大し、(ほとんどの場合)破滅へと追い込まれていきます。

 10代の頃は理解できませんでしたが、いまなら「どんなに幸福に見えても、ひとはみな転落の縁を歩いている」という「不愉快」な事実が、このダークなキャラクターが長く愛された理由であることがわかります。「人間はこんなにこわれやすいんだよ」というメッセージに、逆に安心感を覚えた読者も多かったでしょう。

 もうひとつ、初期の作品を読み返して気づいたのは、その巧妙な設定です。

 わたしたちは無意識のうちに、世界は「公正」であるべきだと思っています。「悪は滅び、最後には正義(善)が勝つ」ことは、神話・宗教からハリウッド映画まですべての物語の本質で、もちろんマンガも例外ではありません。

 因果応報は「善行は正当に評価され、悪行は報いを受ける」ことで、これも「公正さ」の重要な要素です。仏教(正しくはヒンドゥー教)の輪廻とは、いちどの人生で因果応報が達成されない矛盾を解消するために、時間軸を過去と未来に引き延ばしたものです。

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