蒼国来は冷たい水を一切飲まず…入門当初は互いに文化の違いを痛感しっぱなし【先代荒汐親方「地道、花道、電車道」】


(最初は筋肉質で細かった(提供写真))

【先代荒汐親方「地道、花道、電車道」】#6

 2003年に初めての外国出身力士である蒼国来を迎えた荒汐部屋ですが、我々も本人も文化の違いに困惑することは何度もありました。

 よく焼かれた肉しか食べない、ヨーグルトをご飯にかけて食べるのは前回お話ししました。それ以外でも、食べ物で言えば魚の骨は絶対に食べませんでした。日本人なら気にしない、干物にある髪の毛ほどの細い骨でも、律義に全部取る。骨=食べられないもの、という常識の下で育っているからです。

 中でも驚いたのは水ですね。水道水だろうがペットボトルだろうが、冷たい水は一切飲まない。飲む時は必ず、ポットで沸かしてから口にしていました。彼の生まれ育った土地の事情を考えれば、無理もありません。私が電気ポットを買ってあげたところ、どこに行くにも持ち歩いていました。

 そんな蒼国来も、今では日本の食事にすっかり慣れています。最初は食わず嫌いが多かったけど、一度食べてみると「おいしい」と。水だって、今や彼にとって氷は必需品なのだから、慣れとは実に面白いですよね。

 最初は大変でした。来日する前からレスリングで鍛え上げた筋肉質な体形もあって、どうやって太らせればいいか悩みました。いろいろと考えましたが、やはり、日本の生活に馴染まないことには太れない。

 おかみが壁に「あいうえお」の五十音表を張るなどさまざまな工夫はしました。モンゴル出身力士は日本語をしゃべれるようになるまでが早いとはいいますが、内モンゴルも同じ民族だからでしょう。勉強というほどのことはしていませんでしたが、みるみるうちに日本語が上達しました。

 ただ、本人も日本の環境に合わせるのに苦労したはずです。内モンゴルは内陸の平原。海を見て、「向こう岸が見えない川は初めてです」と言えば、高い山がないので富士山に目を丸くしていたこともあります。

 視力も日本に来て相当落ちたようです。地平線が見える内モンゴルでは常に遠くを見ますが、日本ではそんなに遠くを見る必要はありません。東京の空気の悪さに、体調を崩したこともありました。

■39度の熱が出て…

 蒼国来が風邪をひいて39度の熱を出した時は、病院で抗生物質をもらって飲ませたところ、たったの一晩で回復。おそらく、故郷では抗生物質を飲んだことがなかったので、薬が一発で効いたのでしょう。

 熱でうんうんうなっていたのが翌日には元気に稽古をする姿を見て、私もおかみも開いた口が塞がらなかったほどです。(つづく)

(大豊昌央/元大相撲力士)

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