錦織圭らを輩出 盛田正明氏が私財投じ財団を立ち上げた深層

錦織圭らを輩出 盛田正明氏が私財投じ財団を立ち上げた深層

国際テニス殿堂の功労賞を受賞し、錦織(前列右2)らと記念写真におさまる盛田正明氏(同列左2)/(C)共同通信社

【盛田正明テニスファンドの内幕】(上)

 ウィンブルドンはノバク・ジョコビッチとロジャー・フェデラーの4時間57分に及ぶ死闘で幕を閉じた。世界中が注目したこの一戦の優勝賞金は約3億1700万円、賞金総額は昨年から約12%上がって51億円だった。間もなく開幕する全英オープンゴルフの賞金総額の約5倍、テニスにはこの規模の大会だけでも年に4回あるのだ――年を追うごとに肥大するテニスビジネスに、世界の若者たちが夢を描くのは当然のことだろう。

 ウィンブルドンの決勝が始まった頃、1番コートでは男子ジュニア決勝が佳境に入り、16歳の望月慎太郎が雄たけびを上げた。日本選手では1969年の沢松和子以来50年ぶり、男子では初めての優勝だ。

 ジュニアは18歳までが対象で、今回本戦の4回戦に勝ち上がった15歳のコリ・ガウフのように、早くにツアーに専念する選手も少なくない。ジュニアの成績は必ずしも絶対評価にはならないが、それでもプロ予備軍の競争は激しく、プロと変わらぬ練習と遠征の日々を送っている。

 望月は神奈川県出身。13歳の時に盛田正明テニスファンド(MMTF)の支援を受けて渡米、フロリダのIMGアカデミーでトレーニングを続けている。いまや“世界の”と肩書のつく錦織圭と同じ釜の飯を食う直属の後輩である。

 今回のウィンブルドンではベスト8に進んだ錦織、望月の他にも、西岡良仁(23=世界73位)、念願のメジャー初出場を果たした内山靖崇(26=同168位)、全豪オープンジュニアの女子ダブルスで優勝した川口夏実(17)と、MMTF育ちが揃った。

 91歳の高齢にもかかわらず、盛田氏は4大大会のジュニアの部には必ず顔を見せる。「もうプロには興味がないんだよ」が口癖だが、今回は珍しく錦織とフェデラーの準々決勝も家族席で観戦していた。

 ここまで奨学生が揃ったのは初めてのことだから、ジュニア選手の海外派遣という冒険企画の成果に、さぞ満足したことだろう。

■プロ育成キャンプ

 さて、テニスアカデミーというのは世界中の若者を対象に練習設備はもちろん、宿泊施設、教育機関も併せ持ったテニス専門のプロ養成キャンプである。

 80年代に気候温暖なフロリダからスタートし、初期にはアンドレ・アガシ、ジム・クーリエが、IMGが買収する前のニック・ボロテリー・テニスアカデミーから巣立っている。

 90年代に入ってスペインのバルセロナ、イタリアのサンレモなどヨーロッパの温暖な地域にも設立され、東欧圏からの若手を育ててきた。最近では、ラファエル・ナダルが故郷のマジョルカ島にアメリカンスクールを併設したアカデミーを開いて話題になり、セリーナ・ウィリアムズのコーチで有名なパトリック・ムラトグルーが経営するアカデミーは若手の旗頭ステファノス・チチパス、天才少女ガウフを送り出して売り出し中だ。

■学校体育の強い影響

 日本にこうした本格的なテニスアカデミーはない。

 日本のテニスの伝統は古く、戦前の新聞報道など野球をしのぐほどスペースを割いていた。ところがプロ化が進み、88年のオリンピック復帰を契機に世界的普及が進むや、男女ともに低年齢化が加速した。ボリス・ベッカー、ステフィ・グラフからマルチナ・ヒンギス、マリア・シャラポワあたりまで10代が活躍した時代だ。

 学業を終えてから世に出るのでは遅く、そもそも朝から晩までテニスという環境を支持する土壌が国内にはない。指導者不足は大きいが、学校体育の影響が強く“テニス漬け”という環境を用意できる現実は国内にはなかったし、これからもないだろう。そこで、テニス好きで、ソニー・アメリカの会長からソニー生保社長を歴任した盛田正明氏が引退後に発想したのが、優秀なジュニアをフロリダのアカデミーで育てるための橋渡し、盛田正明テニスファンドの創設だった。

 国内テニスの強化と普及は日本テニス協会の2本柱だった。しかし、今回のウィンブルドンにおける日本選手の活躍は、文科省傘下のテニス協会ではなく、盛田正明という一私人が私財を投じて立ち上げた財団の成果だった。どうしてこのような経緯をたどることになったのか。なぜ錦織、西岡に続き、若い望月慎太郎が世界の舞台で躍動することができるのか。次回からは、MMTFの成り立ちと運営の仕組みを紹介し、今後の可能性と課題に迫る。

(武田薫/スポーツライター)

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