清原和博「18歳の気持ちを踏みにじられた」 36年経ても消えない、ドラフト制度への強い恨み

元プロ野球選手の清原和博さん(54)が、ドラフト会議への思いを振り返った。

■「本当に、ドラフト会議っていうのは残酷です」

清原さんがドラフト会議について語ったのは、2021年10月9日にYouTubeで公開した「俺はドラフトが嫌いだ!!」との動画だ。

「いよいよドラフトの季節ですよ」として、今年度の注目選手を紹介していた清原さんだが、話の流れで36年前の清原さんのドラフト会議へ。清原さんは、「本当に、ドラフト会議っていうのは残酷です」と噛み締めるように頷いた。

「僕はね、いつかね......1985年の、パンドラの箱を開けるときはありますよ。その時に真実を話します」と、近い将来に自身の封印してきた過去を明かす日が来ることを匂わせた。

スタッフの「重い言葉!キヨさんがパンドラの箱を開ける時が来る!」との言葉には、「やっぱり今でも僕の父親が怒ってるわけですよ。怒ってます」と、今でもドラフトへのわだかまりが残っているとした。

子供の頃からの熱烈な巨人ファンだった清原さん。清原さんの父は阪神タイガースの大ファンであったこともあり、ドラフトでは巨人と阪神のどちらかへの入団を希望すると公言していた。

しかし、巨人は清原さんのチームメイトだった桑田真澄さんを1位指名。清原さんは阪神・南海ホークス・日本ハム・中日・近鉄バファローズ・西武ライオンズの6球団から指名を受け、抽選で西武が交渉権を獲得することになった。

■「グチャグチャっとされた日だった」

清原さんは動画の中で、巨人・阪神とのちに興味を持った中日の3球団以外には、断りを入れていたと明かす。

「でもやっぱりその、ドラフトは6球団指名されました。それでその年がタイガース優勝した年で、1985年。タイガースが一番最後に(くじを)引いたんです。その日本シリーズは、タイガースとライオンズがやってるわけです」

くじ引きの結果はすぐにわからなかったとして、「えっ、誰?誰?どこ?みたいな。阪神じゃないってわかったんですけど、その前に巨人から指名されてないってわかって落ち込んでいるじゃないですか」。

西武がくじを引き当てたことにはなかなか気付かなかったとして、「西武、どこにあるんや!っていうね」と冗談交じりに振り返った。

さらに、スタッフから「今でもドラフトのことは鮮明に記憶に残っていらっしゃいますね」と話を振られると、

「僕らの時は11月20日なんですよ。11月20日だけは、これから調子が悪くなるんですよ」

と神妙な表情で語った。スタッフからの「トラウマじゃないですか」との言葉にも「そうです」と頷いた。

「親の誕生日を忘れても、この日だけは忘れない。たぶん今年ドラフト受ける人たちも、10月11日という日は一生忘れられない日になると思いますよ。いい日になる人もいれば、悪い日になる人もいると思うし。これから先の自分の努力次第で、いい日にできるようにね、していけばいいと思います」

「僕のドラフトは18歳の気持ちを、踏みにじられた......、ねじり取られて踏みつけられたみたいな感じだったんで。グチャグチャっとされた日だった」

■「あの時ライオンズに指名されて本当に良かった」

清原さんは複雑な表情で当時の傷ついた気持ちを明かしたが、「だからこそ頑張れたこともある」とも語った。

「ライオンズには本当に感謝してますし、それでプロ野球ファンの皆さんも、同情じゃないですけどすごい温かい声援を、清原頑張れ負けるなと(送ってくれた)。僕はあの時ライオンズに指名されて本当に良かったんだろうなと」

コメント欄には、ドラフト当時の率直な感情を明かした清原さんに寄り添う声が多く投稿されている。当時を知る西武ファンからのコメントも少なくないようだ。

「今でも鮮明に覚えています。父とTV観て、泣きました。父と西武球場通いが始まった頃を、懐かしく思い出しました」
「間違いないことは、どん底を経験した人は強い」
「いや、俺はキヨさんが西武に来てくれ 嬉しくてー嬉しくてー泣いたぞー」
「当時、ライオンズファンだった私は清原さんが来てくれてとても嬉しかったし、日本シリーズの涙は一緒に泣きました」

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