9回2アウト、鳥谷が「盗塁」を選んだ理由 戦略コーチが振り返る2013年WBC台湾戦

9回2アウト、鳥谷が「盗塁」を選んだ理由 戦略コーチが振り返る2013年WBC台湾戦

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来年(2021年)3月に開催を予定している野球の第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が、新型コロナウイルスの影響で延期される可能性が出ている。

日本は2006年の第1回大会、09年の第2回大会と連覇。3連覇がかかった第3回大会(13年)では準決勝でプエルトリコに敗れ優勝に手が届かなかった。J-CASTニュース編集部は、第3回大会に戦略コーチとして参加した橋上秀樹氏(54)を取材し、当時を振り返ってもらった。

予選第2ラウンドの台湾戦、9回にドラマが...

2013年の日本代表メンバーは、田中将大投手(当時・楽天)、前田健太投手(当時・広島)、杉内俊哉投手(巨人)ら投手陣に加え、野手では阿部慎之助捕手(巨人)、鳥谷敬内野手(当時・阪神)、井端弘和内野手(当時・中日)、坂本勇人内野手(巨人)、中田翔外野手(日ハム)、内川聖一外野手(ソフトバンク)らそうそうたるメンバーが集結し、大会3連覇に大きな期待がかかっていた。

第1ラウンドでは、ブラジル、中国に連勝したもののキューバに敗れて2勝1敗で第2ラウンドへ進んだ。第2ラウンド初戦で台湾との接戦をものにし、オランダに連勝して第2ラウンド1組1位で決勝ラウンドへ。プエルトリコとの準決勝では、7回まで0−3とリードされ、8回にようやく1点を返したものの時すでに遅し。結局、1−3で準決勝敗退となった。

2013年のWBCを語る上で欠かさないのが、第2ラウンドの台湾戦(3月8日・東京ドーム)だろう。台湾に3回に先制点を許し、5回に中押しの2点目を献上。0−2で迎えた8回、井端、内川、阿部の3連打などで2点を返して同点に。その裏の攻撃で台湾に1点追加され再びリードされるも、9回にドラマが待っていた。

「続けてのけん制はないと...」

1点ビハインドの9回、1死から鳥谷が四球を選び1塁へ。次の打者・長野久義外野手(当時・巨人)の打球は浅いセンターフライ。2死1塁の場面で打席に井端が入る。台湾のマウンドは陳鴻文投手。アウトカウントひとつで日本の敗退が決まる絶体絶命のピンチで、井端の初球に鳥谷が2盗に成功した。そして井端は2ボール2ストライクからセンター前に運び、2塁走者の鳥谷が生還して3−3の同点とした。

刺されたら試合が終わる場面で、なぜ鳥谷は盗塁を成功させることができたのか。鳥谷は1塁に出塁した際、1塁ベースコーチャーの緒方耕一外野守備・走塁コーチに陳鴻文投手のクイックの遅さを確認したという。ただ、いくら陳鴻文投手のクイックが他の投手よりも遅いからといってあの緊迫した場面で盗塁するのは難しいだろう。戦略コーチの立場にあった橋上氏は、鳥谷の盗塁に関して次のように解説した。

「陳鴻文投手のクイックが遅いというデータはもちろんありました。これに加えてもうひとつ、陳鴻文投手はあまりけん制をしないというデータもありました。これは試合前のミーティングでも確認しましたし、選手も分かっていたと思います。9回のあの場面で鳥谷選手が盗塁する前に一度、陳鴻文投手がけん制を入れています。ただでさえけん制が少ない陳鴻文投手ですから続けてのけん制はないと考えたのでしょう。だからこそ鳥谷選手は思い切ってスタートを切れたと思います」(橋上氏)

アメリカ行きの飛行機内はお祭り騒ぎ

当時、鳥谷の盗塁には賛否があった。「勇気ある走塁」とみるファンもいれば、ギャンブル的な要素を含む盗塁に「無謀」との声も上がった。だが、鳥谷はしっかりとしたデータに基づいて盗塁を決めた。そして鳥谷の盗塁が井端の同点打を呼び込み、延長10回の逆転勝利に導いた。

「台湾戦は非常に厳しい戦いでしたので強く印象に残っています。台湾の先発・王建民投手はいい投手でしたが、ピークの過ぎた投手というイメージでした。それが試合が始まったら王建民投手のツーシームが打てない。8割がたツーシームでしたが、変化が非常に大きく打ちあぐねた感じです。選手たちは会場が東京に移ってから重圧があったと思います。絶対に決勝ラウンドに行かなければならないと。予選ラウンドを突破し、羽田からアメリカに行く飛行機の中は、一時的に重圧から解放されお祭り騒ぎでした」(橋上氏)

決勝ラウンドではプエルトリコに1−3で敗れ3連覇を逃した日本だが、橋上氏はプエルトリコ戦を次のように振り返る。

「プエルトリコはどちらかといえば、日本に近い細かい野球を展開していました。日本としては組みづらい相手でした。大味な野球をするチームなら付け入るスキはあったと思いますが、投手力、機動力といった点で優れており、バントも多かったと思います。キャッチャーのモリーナの存在も大きかったですね。肩の強さもそうですが、打者の表情を読みながら配球を考えていました。モリーナを中心にまとまりのあるチームでした」(橋上氏)