57年前の悔しさ晴らすか=原沢、最重量級の「使命」―柔道男子〔五輪・柔道〕

57年前の悔しさ晴らすか=原沢、最重量級の「使命」―柔道男子〔五輪・柔道〕

柔道男子の強化合宿で汗を流す原沢久喜(右)=2020年11月、奈良県天理市の天理大

 柔道の個人戦最終日、30日に行われる男子100キロ超級。最強の柔道家を決める意味合いがあり、日本柔道界にとっては57年前の悔しさを晴らす戦いとなる。

 1964年。柔道が初めて実施された東京五輪で日本は軽量級、中量級、重量級を制していた。しかし最後の無差別級決勝で、神永昭夫がアントン・ヘーシンク(オランダ=ともに故人)と9分22秒を戦った末、抑え込み一本で敗れた。全4階級中、三つの金メダルを獲得しながら、柔道創始国にとって「敗北の大会」として記憶に刻まれた。

 明大時代に神永の指導を受けた上村春樹さん(講道館館長)は、師から「俺は一生懸命戦った。それで負けたのだから悔いはない」との述懐を聞いた。苦い経験も含めて薫陶を受けた上村さんは、76年モントリオール大会で、日本に初めて無差別級の五輪金メダルをもたらした。

 無差別級からつながる現在の男子100キロ超級。今回の東京五輪代表の原沢久喜(百五銀行)は神永、3連覇を狙うテディ・リネール(フランス)をヘーシンクに重ね合わせた見方もされる。2016年リオデジャネイロ五輪銀の原沢について、上村さんは「一本を取れる技を十分に持っている。(日の丸を)中央に掲げてほしい」と話す。

 会場は64年と同じ日本武道館。原沢とリネールは決勝でしか対戦しない組み合わせとなった。もっとも、今では柔道が世界各地に普及し、リネール以外にも強敵は多い。「使命を全うできればいい」。原沢は厳しい戦いを覚悟する。自らの大願をかなえ、日本柔道界の期待に応える気概で畳に上がる。(了)

【時事通信社】