プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「ディック・マードック」日本を愛した気まぐれな天才

何かにつけてコンプライアンスだのガバナンスだのが問われる今日この頃。その一方で米国トランプ大統領が、無軌道でいい加減にも映る言動をメディアから総攻撃されながら一定数の支持を保っているのは、現代社会の堅苦しさへの反動があってのことなのか…。

 一口に「いい加減な人」と言っても大きく2種類に分かれる。そもそもの能力が足りず、何をやろうにも中途半端になってしまうタイプと、何が起きても対応できるだけの高い実力があった上で、普段のことは適当に済ませているタイプだ。

 トランプ大統領がどちらに当たるかはそれぞれの判断に任せたいが、ことプロレス界においては、後者の“実力十分タイプ”としてディック・マードックを思い浮かべるファンは多いだろう。

 次期NWA王者の最右翼と目されながら「がっちりスケジュール管理されてネクタイ姿でツアーを回るのは嫌だ」「好きなビールが自由に飲めなくなる」と、そのベルトに固執することはなかった。全日本プロレス参戦時の1979年5月に、同王者のハーリー・レイスに挑戦したこともあるが、結果は1本ずつ取り合っての60分時間切れ引き分けであった。

 この内容についてジャイアント馬場は「常にこの試合のようにピーンと張り詰めた試合をやっていれば、マードックのマット界における評価もまた違ったものになってくるだろう。持って生まれた好素質を遊ばせているような惜しい男だ」と、自著に記している。

 新日本プロレスで対戦した前田日明も、マードックを「やれるんだったら何でもやって来いよ、みたいな感じ」「アントニオ猪木と並ぶプロレスの天才で、何をやってもプロレスにしちゃう」と高く評価する。

 '86年4月、熊本で行われた前田とマードックのシングル戦では、UWFスタイル寄りのシビアなせめぎ合いから徐々に前田が関節技で攻勢に出るが、マードックはカウンターの顔面エルボーで逆襲。コーナーからカーフ・ブランディングを決めている(結果はフェンスアウトで前田の勝利)。

 「UWFとは水と油のアクロバティックな技でも、平気で決めてみせるのがマードックの真骨頂。そもそもカーフ・ブランディング自体が、他に使い手がほとんどいない難しい技ですからね」(プロレスライター)

 コーナーにもたれさせた相手の背後に回り、膝を背中に押し付けながら相手の顔面をマットに打ち付ける。深く極まりすぎれば頸椎骨折などの大事故にもなりかねない危険な技だが、極めが浅ければ何だかよく分からないことになってしまう。

 コーナーポスト最上段の不安定な足場で自分と相手の体をコントロールするバランス感覚が求められ、その使い手ということからもマードックのプロレスセンスがうかがえよう。

★来日54回を数え 夜は屋台で一杯
 急所を的確に狙う鼻っ柱へのパンチやエルボーは、いかにもケンカ慣れしており「ストリートファイトでは実力ナンバーワン」「複数人のヘビー級プロボクサーをKOした」との逸話もまことしやかに伝えられる。

 そのことを裏付けるように'85年11月、IWGPタッグリーグ戦の最中に組まれたブルーザー・ブロディとのシングル戦で、テレビ解説の山本小鉄は一聴すると不思議な発言をしている。
「マードックがどれだけブロディをいじめるか…」

 外国人エース格だったブロディをマードックが“いじめる”とは、ファンからすれば奇妙な話だが、関係者の間ではそれが真の実力評価だったのだろう。

 試合では開始早々に気合十分のドロップキックを見せたマードックが、判官びいき的な声援を受けながら奮闘。終始互角に渡り合った末に、両者流血のノーコンテストとなっている。

 こうしてたまに実力の片鱗をうかがわせながらも、普段のマードックは藤波辰爾との対戦時に定番ムーブ(場外から戻る際、藤波にタイツを引っ張られて尻を出す)を楽しみ、あるいは試合もそこそこに夜の街へと繰り出していた。
「アメリカでトップを張りながら54回も来日した一番の理由は、日本の巡業システムが快適だったからです。当時のアメリカでは移動や宿泊を自分で手配していましたが、日本では全部会社が用意してくれる。気ままに試合だけをして、夜は屋台の焼き鳥で一杯ひっかけるという生活が性に合っていたのでしょう」(同)

 '96年に急逝する直前には、地元アマリロで新団体の設立準備をしていたという。根っから自由人のマードックは、いったいどんなプロレスをプロデュースしたのだろうか?

ディック・マードック
***************************************
PROFILE●1946年8月16日〜1996年6月15日。アメリカ合衆国テキサス州出身。
身長190㎝、体重126㎏。得意技/垂直落下式ブレーンバスター、カーフ・ブランディング。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

関連記事(外部サイト)