プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「武藤敬司」素顔とギミックを両立させた “プロレスリング・マスター”

大谷翔平の“二刀流”が大きな話題を呼んだ昨年のスポーツ界だが、プロレスにおける二刀流でその筆頭に名前が挙がるのは、もちろん武藤敬司&グレート・ムタということになるだろう。

 武藤とムタの両方でIWGP王座と三冠王座を獲得するなど長きにわたって実績を築き、また、プロレスファンから高い支持を得たのは、ひとえにその飛び抜けた才能によるものと言えよう。

 「身体能力の高さはもちろんながら、動きの一つ一つに華があるんですね。言葉にするのは難しいのですが、とにかくリングに上がれば、それだけで観客の視線を一身に集めてメインイベントの雰囲気を醸し出す。そんな選手はなかなかいるものではありません」(プロレスライター)

 武藤&ムタが共存できたのも、その天才性の賜物であろう。
「例えば、大仁田厚のグレート・ニタなどは、ちょっと奇矯な動きをしたところで、観客からは『いやいや、あんた大仁田じゃん?』とあざ笑われたりもする。それを感じさせないのが武藤&ムタのすごいところです」(同)

 日本人トップスターの武藤とアメリカ産トップヒールのムタでは、あくまでも別のキャラクターであって、毒霧などの反則技はもちろんのこと、ステップひとつを取ってみてもまったく異質のものである。なので、同じムーンサルトプレスを使ったときにも、ガラリと違った印象となる。

 それをいかにもキャラを装った風ではなく、自然にやってのけるからファンも違和感なく受け入れられる。

 アメリカにおけるギミックで人気を獲得した日本人レスラーには、TAJIRI(田尻義博)やKENSO(鈴木健想)、ザ・グレート・カブキ(高千穂明久)、キラー・カーン(小澤正志)、そしてジャイアント馬場(ババ・ザ・ジャイアント)がいるものの、いずれも素顔との両立を目指すことはなかった。

 そもそも、そんなことはできるわけがないというのが常識的な考え方であり、それをやってのけた武藤が型破りなだけなのだ。

★ネガティブ面の転嫁による得失
 武藤がパワーアップしてムタに変身するわけではなく、それぞれ独立したキャラクターであることも、また二刀流が成功した要因であろう。

 仮に“武藤が敗れた相手にムタとなってリベンジする”というパターンを定番としていたならば、ムタが負ければもう後がなくなってしまうが、建前上は別物なのだからそういう問題は生じない。武藤は武藤、ムタはムタとしてそれぞれにストーリーが成立することで、ファンからすると単純に楽しみが2倍になるし、マッチメーカー側からしても使い勝手がいい。

 プロレスに限った話ではないが、人気商売を長く続けるうちには必ずマンネリという壁にぶち当たる。しかし、武藤はムタとの使い分けによってこれを避けることにもなった。

 とはいえ、そのことは必ずしもプラスばかりであったとも言い切れない。同じ闘魂三銃士である橋本真也などは、常にスランプに見舞われてきた印象もあるが、それを乗り越える姿を見せることで共感を呼び、このことが熱心なファンの獲得にもつながった。

「武藤の場合、素顔の武藤がスランプとなってもムタを登場させることでリカバリーしてきた面がある。これは常にベストなファイトを見せるという意味で、プロとしては素晴らしいことには違いないのですが、ファンへの求心力という意味ではどうだったか」(同)

 武藤を“天才”“プロレスリング・マスター”と褒めたたえ、その試合を心待ちにするファンは多いものの、その一方で“信者的なファン”の数となると橋本の方が上回りそうだ。

 また、ムタはアントニオ猪木に対してさえ反則放題をやってのけ、また、柔道から転向直後の小川直也にも完勝しているが、それはあくまでもムタとしての実績であって、武藤のキャリアとは直接には関係してこない。

 『WRESTLE−1』でのボブ・サップ戦やハッスル参戦など、きっと素顔の武藤ではやりたくなかったであろう試合をムタに任せることは、武藤の履歴に傷をつけないという意味ではよかったかもしれないが、しかしながら、あえてそういう試合に挑むことが、プロレスラーとしての奥深さにつながることも往々にしてある。

 つまりネガティブな要素をムタに負わせたことが、逆に武藤本人のレスラーとしての幅を狭めてしまった部分もありそうで、いやはやプロレスとはなんとも難しいものである。

武藤敬司
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PROFILE●1962年12月23日、山梨県富士吉田市出身。身長188㎝、体重110㎏。
得意技/ムーンサルトプレス、シャイニング・ウィザード。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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