プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「田上明」自然体が持ち味のダイナミックT

全日本プロレスが誇った四天王の一角、田上明も引退から5年がすぎた。昨春には胃がんにより胃の全摘手術を受けたが、経過はおおむね良好の様子。現在は茨城県つくば市で経営する『ステーキ居酒屋チャンプ』で、松永光弘直伝のステーキを焼いているという。
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 四天王プロレスというときに、三冠王座を頂点とした個々の対戦を思い浮かべるファンは多いだろうが、一方でタッグマッチこそがその究極とする声もある。
「とにかく大技を連発する内容なだけに、どうしてもシングル戦だと試合中に間が空いてしまう。なんなら30分近い試合時間のうち、10分ぐらいはどちらかの選手がリング上で倒れ込んでいると感じるほどで、タッグマッチなら片方の選手が大技を食らって“休憩”している間も、もう一方が戦いを続けることになる。そうやって休みなく戦いが続くという点から、タッグの方をより面白く感じるファンはいたでしょう」(プロレスライター)

 三沢光晴&小橋建太組と川田利明&田上明組の頂上対決は、対戦回数がそこそこ多いため“この一戦”を選ぶのは難しいが、テレビ解説のジャイアント馬場が「言葉もありません」と絶句したほど、そのタッグ戦においてひときわ力を発揮したのが田上であった。
「田上は1996年に三冠王座獲得、チャンピオン・カーニバル優勝と個人でも結果を残した上、世界タッグ王座獲得、世界最強タッグ決定リーグ戦優勝というグランドスラムを達成したにもかかわらず、プロレス大賞MVPに選ばれなかった(MVPは小橋)。190センチ超の巨躯ゆえに四天王の中ではスピード感に劣り、人気面においても一歩引けを取っていたことは紛れもない事実です」(同)

 シングルプレーヤーとしてはかように印象度で劣ったものの、タッグではそうしたマイナス部分がカバーされると同時に、“田上火山”とも称された爆発力が一層際立つことにもなった。

 川田の激しい攻めと田上のダイナミックな力業という異なる個性のマッチングもよく、三沢や小橋がそれぞれパートナーを秋山準やジョニー・エースへと代えていったのに対して、川田&田上組は’93年の結成から’00年に田上がノアへ移籍するまで続くことになる。

 川田&田上組による世界タッグ王座の戴冠6回は歴代最多、世界最強タッグ決定リーグ戦でも同コンビで2度の優勝を果たしている(’99年は川田の負傷欠場により、田上はスタン・ハンセンとのコンビで出場して準優勝)。
「とはいえ田上が特別に努力したわけではなく、たまたま持ち味がフィットしただけというのが面白いところ。仮にタッグのエキスパートを目指していたなら、ノアでも誰か別のコンビで成功したでしょうが、そういうこともなかったですからね」(同)

大相撲時代から有名な練習嫌い
 田上のプロレス人生には、とかく偶然が付きまとう。大相撲廃業後、当初は長州力率いるジャパンプロレスへの入門となったが、長州の新日本プロレス復帰に伴い分裂。田上は全日に引き取られる格好となった。

 そこで馬場に目をかけられ、抜擢を受けながらもしばらくパッとしない時期が続いたが、SWS移籍による大量離脱が発生。このとき谷津嘉章を失ったジャンボ鶴田から、タッグパートナーに指名される。

 しかし、なおもふがいない試合が続いたため、試合後に鶴田からビンタをかまされたこともあった。
「それでも中堅以下に落とされることがなかったのは、選手の頭数が不足していたこともあるし、同時に超世代軍の三沢らがまだ力量不足であったことから、強すぎる鶴田の“ハンデ”として田上が起用されていたことは否めません」(同)

 その後、肝炎発症により鶴田が戦線離脱すると、思わぬかたちで田上が正規軍のトップに立つ。そこに“三沢超え”を宣言して超世代軍を離れた川田が加わり、正規軍ならぬ“聖鬼軍”なるユニット名が冠せられた。

 ファンからは明らかに三沢&小橋らが支持されており、田上&川田を正規軍と称することには、ファンのみならず団体関係者やマスコミにも違和感があったのだろう。
「そもそも田上自身、上昇志向が希薄で大相撲時代から有名な練習嫌い。それでいながらなぜトップの座を維持できたのか。体格に恵まれていたとはいうものの、田上とほぼ同サイズで同期入団、大相撲でも同じく十両だった高木功と、これほどの差がついたのはやはり巡り合わせとしか言いようがありません」(同)

 欲望丸出しのギラついた選手が多い中、田上のような自然体のレスラーは、逆に貴重な存在であったと言えようか。

田上明
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PROFILE●1961年5月8日生まれ、埼玉県秩父市出身。
身長192㎝、体重120㎏。得意技/のど輪落とし、オレが田上。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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