プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「天山広吉」根が善人であることで頂点に立てなかった!?

アピール力満点の強面でありながら、ファンからは悪役としてよりも愛されキャラと認知されることが多い天山広吉。ややコミカルな髪形やコスチュームのせいもあるだろうか、いくら「エー! オラッ」とすごんでみせても、まず嫌悪の対象とされることはなく、悪評も聞こえてこない。
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 ただ勝てばいいというわけではないのが、プロレスの面白いところであり、また難しいところであろう。

 勝敗や記録にこだわらざるを得ない専門競技と違って、プロレスにおいて勝ち負けは二の次。結果のいかんにかかわらず、満場の観客から喝采を浴びたときに初めて真の勝者として認められる。

 見るからに才気にあふれ、実際にも目覚ましい戦績を残しながら、結局は頂点に立てないというのも決して珍しいことではない。天山広吉などはその代表的な1人と言えようか。

 IWGPヘビー級王座の戴冠4度は、回数だけなら武藤敬司と同数で長州力や蝶野正洋を上回る。G1クライマックス優勝3回は、蝶野の5回に次ぎ棚橋弘至と同数。タッグ王座の戴冠数となると他に比肩する者はない。さらに、会場での人気の高さも申し分ないが、それでいて明確に「天山が新日本プロレスのトップ」と見るファンは、決して多くないだろう。

 新日トップの系譜としては、アントニオ猪木→藤波辰爾、長州力→闘魂三銃士から永田裕志を挟んで中邑真輔→棚橋弘至→オカダ・カズチカというのが大方の認識で、そこに天山の名が挙げられることはほぼない。

「海外武者修行から凱旋帰国となった1995年、本名の山本から天山にリングネームを改めた頃は“近い将来に天山の天下がくる”と思ったんですが…」(プロレス記者)

 学生時代からボディービルで鍛えたという分厚い肉体は力感がみなぎり、全身から強者のオーラを漂わせる。決して大柄な選手ではないが、それを感じさせないベビーフェイスとヒールの枠を超えるスケール感があった。いかにもパワーファイター風でありながら、ダイナミックにムーンサルトプレスを炸裂させる技量の高さも兼ね備えている。

 凱旋時にはまだ23歳という若さで、その年齢でのIWGPヘビー級王座挑戦は、当時の最年少記録。王者の橋本真也に敗れはしたが、周囲から将来性を高く買われていたことには違いない。
「しかし、今になって振り返れば、この時がレスラーとして天山のピークだったのかもしれません」(同)

 その後、天山は越中詩郎から平成維震軍入りの勧誘を受けるが、これを拒絶して蝶野と結託。その勢いのまま蝶野とのコンビで、IWGPタッグ王座にまで上り詰める。

 '97年にnWoジャパンが立ち上げられると、天山はトップの蝶野に次ぐ二番手の若頭的ポジションに就いたのだが、しかし、新たに武藤や小島聡、さらにはスコット・ノートンら外国勢がメンバーに加わってnWoが勢力拡大すると、これにつれて徐々に天山の存在感は薄れてしまった。

★実績だけ見ればトップレスラー

 '99年には小島との“テンコジ”コンビでタッグ王座を獲得して、永田&中西学らと抗争を繰り広げ、'00年にはプロレス大賞の最優秀タッグを受賞している。

 しかし、この頃は多くの新日ファンの目が、小川直也と橋本真也の闘い、あるいは蝶野が新たに立ち上げたTEAM2000に向けられていた。

 '02年には小島の全日本プロレス移籍に伴いタッグを解消。そこからシングルプレーヤーとして'03年にはG1初優勝を果たし、同年11月には初挑戦から9年弱、ようやくIWGP王座の戴冠も実現している。

 結果だけを見れば完全にトップ選手のそれだが、しかし、これは一時的なものにすぎず、IWGP王座はすぐに中邑へと移動。総合格闘技の波に飲まれつつあった当時の新日において、会社が求めたエース像はこれに対応できる中邑であって、純プロレスラーの天山は脇に置かれることになってしまった。

 その後、天山はIWGP王座に復帰し、全日で三冠ベルトを獲得したかつての盟友・小島との対決となるが、これもどちらかといえば小島が主役のストーリー展開となり、抗争自体も長くは続かなかった。

 「チャンスを何度も与えられながら、どこか主役になりきれなかったのは、生来の人のよさによるものでしょう。ネットで“天山 いい人”と検索すれば、山ほどエピソードが出てきます。プロレスラーの多くは『俺が俺が』と、自分本位で前に出るタイプであるのに対し、天山はそこで道を譲ってしまうところがあるんですね」(同)

 自身が軸になって組んだヒールユニットG・B・Hも、いつしか真壁刀義が主役となり、飯塚高史との友情タッグも裏切りにあって飯塚ヒール転身への踏み台とされた。

 善人であることが必ずしもプラスに働くわけではない。それもまたプロレスの摩訶不思議なところなのである。

天山広吉
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PROFILE●1971年3月23日生まれ、京都府京都市出身。
身長183㎝、体重115㎏。得意技/モンゴリアン・チョップ、アナコンダ・バイス。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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