ケガのデパート日本ハム・清宮にダブる「晩年の原辰徳」

2月の7、8日、侍ジャパンがメキシコ代表チームと強化試合を行った。若手中心のメンバー構成となったが、ネット裏で囁かれていたのは、「清宮も見たかった」の声。北海道日本ハムの清宮幸太郎(19)は3日のオープン戦で右手の有鉤骨を骨折した。しかし、この怪我はただのアクシデントではないのだ。
「原辰徳現巨人監督の“晩年のケース”と酷似しているのです」(ベテラン記者)

 話は’86年9月24日にさかのぼる。当時の主砲・原は広島の抑えの切り札、津田恒実投手の剛速球をファールチップした瞬間、苦悶の表情でバッターボックスにうずくまった。バットを握る際、軸手となる左手の有鉤骨を骨折したのだ。
「治癒後、打撃フォームを改造しています。後に原は『有鉤骨の骨折で、以降は思うようなスイングができなくなった』と話しています」(同)

 有鉤骨骨折とは、小指の下、手の平の鉤状の部分の骨が折れること。スラッガーの選手生命を奪う深刻な怪我と言っていい。

 原以外にも同箇所を骨折したのは、元巨人・二岡智宏、楽天・今江年晶、日ハム・中田翔、ソフトバンク・松田宣浩、中日・高橋周平など。完全復活した打者もいるが、元近鉄・中村紀洋も後に痛みを慢性化させていたことを明かしている。

「日ハムは5日に手術を受けたことは発表しましたが、完治の時期は伝えていません。清宮はバットのグリップエンドを隠すように握ります。これは打ち損じた時、ダイレクトにボールの勢いが伝わってくる。一般的には3カ月くらい掛かりそう。前半戦の復帰は難しい」(球界関係者)

 今回の怪我は、晩年の原とダブる…。
「自主トレ期間中から右手首を痛めていました。栗山英樹監督にハッパを掛けられ、それが裏目に出てしまったんです。球団は予見できなかったことを悔いていました」(同)

 原も当時、バットの軸手となる左手に疲労による痛みを抱えていた。蓄積された疲労、打ち損じのファール…。原は右打者だから左手だが、あとは全く同じだ。

 清宮には、同じテツを踏んでほしくない。
「バットの先を相手投手に向ける清宮の打撃フォームには、批判的な声も多いんです。これを機にフォーム改造をした方がいいでしょう」(スポーツ紙記者)

 栗山監督の喝を受け必死になっても、故障しがちな体が気持ちについていけなかった。フォーム改造は先送りし、将来のために、いっそ今季は治療に専念したほうがいいかもしれない。

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