プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「藤波辰爾」“こんにゃく”の本性は強靱な意志を持つ頑固者

世の多くの会社員が定年を迎える65歳をすぎてもなお、主宰するドラディションや他団体へのゲスト参戦などでファイトを続ける藤波辰爾。来る4月26日、東京・後楽園ホール大会では懐かしのドラゴンボンバーズが再結成されるという。
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 プロレスがテレビのゴールデンタイムで放送されていた時期とそれ以降の選手では、一般からの知名度に格段の違いがあるという。

 「闘魂三銃士や四天王あたりの選手に聞いてみても、アントニオ猪木やジャイアント馬場はもちろんのこと、ジャンボ鶴田や長州力らの世代と比べても『天と地ほどの差がある』と言います。そうした選手は街を歩いていても名前で呼ばれるけれど、それより下の世代では、よくて“この人見たことある”レベルだそうです」(スポーツ紙記者)

 それほどまでにテレビ視聴率20%超の力は絶大で、佐山聡(初代タイガーマスク)のリアルジャパンプロレスや藤波辰爾のドラディションが息長く続いているのも、こうした影響があってのことに違いない。

 そんなレジェンドレスラーの1人である藤波が、一昨年の秋に放送された『プロレス総選挙』(テレビ朝日系)でベスト20から漏れたことは、長年のファンをザワつかせることとなった。ネット上ではこれに異議が噴出し、不正選挙との声まで上がった。

 「オカダ・カズチカや棚橋弘至、真壁刀義らがランクインしたあたり、主に今の新日本プロレスをテレビや会場で見ているファンが中心となったアンケート結果なのでしょうが、かつてドラゴンブームで一世を風靡した頃の藤波を知っているファンには、納得できない結果でした」(同)

 藤波本人は、このことについて聞かれたスポーツ紙ネット版のインタビューにおいて、「僕自身は印象的なことを起こしていないからね。いてくれて当たり前で、印象が薄いのかもしれない」と答えている。

 しかし、続けて「かえって外された方がよかった。中途半端に19位とか20位とかになるよりはね」と話したところをみると、やはり“自分は上位にランクされてしかるべき”との高い意識を持っていることがうかがえよう。

 藤波にまつわる過去の出来事は、長州との「名勝負数え唄」にしても、藤原喜明との「雪の札幌テロリスト事件」にしても、本人が言うように藤波自身ではなく、他の選手の行動に巻き込まれた印象は強い。

 「猪木に向かって自分の前髪を切り落としながら、ビッグバン・ベイダーとの対戦を直訴した『飛龍革命』にしても、その主題は“全盛期をすぎた猪木の去就”にありました。そのため“ベイダー越えよりも先に成すべきは猪木越えだろう”との空気が強かった。その上、藤波の言葉が不明瞭なこともあって、決意のほどとは裏腹に間の抜けた感じになってしまいました」(同)

 柔和な笑顔を絶やさない好人物であり、振る舞いも紳士的。そのため、癖の強い面々に翻弄される善玉として、藤波を見てきたファンは多いだろう。しかし、それは表層的な見方にすぎず、実は相当な頑固者だと評する声もある。

★馬場が画策した藤波の全日移籍

 「ベイダー初登場となった1987年12月の両国国技館大会で、藤波は最初に対戦相手とされながら、これを断固拒絶。新顔であるベイダー&たけしプロレス軍団の踏み台にされることは、到底受け入れられないというわけです」(プロレスライター)

 それで猪木が折れて「俺がやりゃあいいんだろう」となったというから、実は両国暴動事件の黒幕は藤波であったとも言えようか。

 そうした強い意志を持ちながら人当たりは極めて良好なため、相手側が勘違いすることも多いという。

 「新日と全日の引き抜き合戦の際、長州維新軍に続いて馬場は藤波の移籍も画策していました。何度か話し合いが持たれた中、その様子を見た馬場は移籍を確信していたのですが、藤波自身は新日残留の意思を曲げていませんでした」(同)

 全日側は移籍を見越して、発表会見の準備までしていたというから、交渉上手の馬場としては珍しく、まんまと一杯食わされる格好になったわけである。

 また、新日の社長に就任してからの藤波は、朝令暮改の言動から“こんにゃく社長”と呼ばれたりもした。
「集客のため、社長自身の引退カウントダウンを売り物にしたいと周囲に言われ、藤波自身が明解な答えを出さないうちにその方向で話が進んでいく。しかし、最後の最後になって“引退しない”ことを決断する。これが何度も引退発表が繰り返された真相です」(同)

 藤波を“頑固者”と定義し直してプロレス史を眺めると、また新たな側面が見えてくる。

藤波辰爾
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PROFILE●1953年12月28日、大分県出身。身長185㎝、体重108㎏。
得意技/ドラゴン・スープレックス、ドラゴン・ロケット、ドラゴン・スリーパー。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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