復活を期す明治大学ラグビー部――新監督が名将に学んだ哲学は?

復活を期す明治大学ラグビー部――新監督が名将に学んだ哲学は?

今年3月に明治大学ラグビー部の監督に就任した田中澄憲監督。選手は逸材がそろっているだけに、これからも順調に進めば、大学日本一が見えてくる。※写真はイメージです。

東京・世田谷にある明治大学の八幡山グラウンドに、ラグビー部のコーチたちから「本当に100パーセントでやってんのか!」という声が響く。早朝練習で選手たちに試合さながらの激しい当たりを求める。わずかな気の緩みも許さない雰囲気がチームに根づき始めてきた証(あかし)だろう。

今、明大ラグビー部が復活に向けて大きく動きだした。4月30日に札幌ドームで行なわれた関東大学春季大会Aグループ初戦で、大学選手権9連覇中の帝京大と対戦。試合終盤に逆転されながらも、終了間際にフランカーの朝長駿(ともなが・しゅん、4年)がトライを決めて17−14と逆転し、帝京大に公式戦で2年5ヵ月ぶりとなる黒星をつけた。

ぶつかり合った後に起き上がる速さ、相手の懐に一歩でも体をねじ込むしぶとさなどを田中澄憲(きよのり)新監督ら首脳陣が意識させてきた結果だ。敗れた帝京大の岩出雅之監督は「キヨ(田中監督)の性格が出ていた」と今年の明大をたたえるのと同時に、警戒心も強めていた。

大学選手権12回優勝という輝かしい実績を誇る明治大ラグビー部だが、最後に優勝したのは1996年度のこと。毎年のように高校ラグビー界のスター選手が入部するも、勝てない日々が続いた。

そこでチームを託されたのが、97年度に同ラグビー部の主将を務めた田中監督だった。

田中監督は大学卒業後にサントリーに進み、エディー・ジョーンズ監督(当時)の下でプレー。現役を引退してからはチームディレクターとしてチームを支え、後に日本代表を率いてW杯イングランド大会で3勝を挙げる名将から、明確なビジョンをみんなで共有する重要性など、帝王学を学んだ。

同部の採用担当を務めていた時期もあり、帝京大を何度も訪問した。そこで岩出監督から、「ラグビーを教えるだけでは勝てない」と、私生活を含めた規律順守の大切さを教えられた。

昨季は、13年から明治大で指揮を執っていた丹羽(にわ)政彦元監督の下でヘッドコーチを担い、チームの改革に着手。19季ぶりに大学選手権の決勝に進むと、王者・帝京大の強みの攻撃力を制限すべく、ボールキープに徹した。敗れはしたが20−21と肉薄し、ファンに復活を期待させた。

そして、満を持して今季から監督に就任。オフ明けから同年代のコーチたちと、筋力、持久力、スキルなど、個々のベースアップに着手する。また、選手の前で「勝つ」という言葉を多用することで、王者になる自覚を植えつけていった。

幸先のいいスタートを切った明大にとっても、大学選手権優勝という目標に向けての道のりは平坦(へいたん)ではない。春の帝京大はまだまだ発展途上であるし、有望な留学生が多くそろう大東大も脅威だ。

それでも部内での、武井日向(ひなた)や山村知也(ともに3年)、山沢京平や箸本龍雅(はしもと・りゅうが、ともに2年)ら、年代別の代表を経験した才能の持ち主たちが、厳しい鍛錬を積んでレベルアップしている。福田健太主将ら最上級生も、学年間の壁を越えたコミュニケーションで絆をつくり、戦術、戦略を全部員で共有しようとする。

他チームがうらやむ才能集団が、真の戦う集団へと変貌を遂げつつある。

(取材・文/向 風見也)

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