走り高跳びで今季世界最高記録をマーク! 東京五輪の星・戸邉直人「メダル獲得はだいぶ現実的に見えてきた。そこを目指します」

走り高跳びで今季世界最高記録をマーク! 東京五輪の星・戸邉直人「メダル獲得はだいぶ現実的に見えてきた。そこを目指します」

走り高跳びで世界と戦える初の日本人選手、戸邉直人、27歳。東京五輪でメダルが期待される選手のひとりだ

「走り高跳び=日本人が世界に通用しない種目」。そんな先入観を覆(くつがえ)す期待の星だ。

今年2月、陸上の世界室内ツアーで日本選手初の総合優勝を飾った戸邉直人(とべ・なおと)。一躍、東京五輪のメダル候補として注目を集める27歳を直撃した!

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■世界室内ツアーで4戦4勝の快挙

2m35cm。戸邉直人が2月2日に世界室内ツアー初戦(ドイツ)で更新した日本記録は、世界で戦うためのひとつの指標となる数字でもある。

走り高跳びの世界記録は2m45cm。現役では2m40cm以上を跳んでいる選手が6人いる。だが、その彼らにしても、毎回そのような高さを跳べるわけではない。走り高跳びは"繊細"な種目だ。

近年の五輪や世界陸上では2m35cmをクリアすればメダルはほぼ確実。それもあり、メディアは「東京五輪のメダル候補に浮上」と盛り上がっているのだが、戸邉本人は冷静だ。

「あくまでも五輪や世界陸上の本番で2m35cmを跳べたらということ。ただ、(五輪や世界陸上でのメダル獲得は)だいぶ現実的に見えてきたところなので、それを目指さなければいけないと思っています。その意味で(記事を)書いてもらえることをいいエネルギーにしていきたい」

シーズンイン直後の2月の日本記録更新は戸邉も予想していなかったという。

「今回の遠征の目的は、寒い日本で練習してきた成果を、暖かい会場での試合でチェックすること。練習での状態はまあまあよかったんですけど、初戦は様子見だと考えていたので、そこでの日本記録、今季世界最高(4月3日時点)が出たのには実感も湧かなくて、しばらくはその状況に戸惑っていましたね」

だが、その後も世界室内ツアーでの好調は続く。1週間後の2戦目(スロバキア)で従来の日本記録だった2m33cmを跳んで連勝を飾ると、続く3戦目(イギリス)も2m29cmながら着実に勝利をもぎ取り、4戦目(ドイツ)は2m34cmを跳んで昨年のアジア大会王者の王宇(ワンユ/中国)に競り勝った。終わってみれば4戦4勝。日本人初の総合優勝を果たした。

「会場によって走路の条件が違ったりするのですが、そのなかで安定して2m30cm台を跳べたのは自信になりました。2m35cmの持ち記録があると、低い高さは余裕を持って跳べるし、そこで失敗してもうまく修正して、勝負どころの2m30cmを超えたところでいい技術を出せる。理想的な試合運びができるようになったのが収穫でした」

ちなみに、世界室内ツアーの2戦目は走り高跳びだけの大会だった。ワールドリーダー(今季世界最高記録)の戸邉は自身初めて、試合前の会見に出席した。

「海外の試合は持ち記録の低い選手から跳ぶことがほとんど。僕はダイヤモンドリーグ(陸上界で最高峰の世界ツアー)などでは前のほうで跳んでばかりでしたけど、今回は一番最後。ワールドリーダーになった実感が湧きましたね。大会関係者の接し方も一目置かれているという感じで違いますし、走り高跳びだけの試合なので観客も注目してくれます。いつもは感じない緊張感がありましたが、そのなかで優勝できてホッとしました」

試技順が最後であれば、ほかの選手の様子を見た上で戦略を立てられる。4戦目のドイツの試合では、一度失敗していた2m31cmを王に先に跳ばれたため、2回目以降をパス。バーの高さを2m34cmに上げ、それを一発でクリアして逆転した。

2m30cmを超える高いレベルでも戦略的な試合運びができた。それこそが成長の証(あかし)だ。

■「本当の意味での世界トップは2m40cm」

体格差が如実に結果に出る走り高跳びは「日本人が世界に通用しない種目」のひとつだった。実際、五輪や世界陸上に出場してもすべて予選落ちという状況が続いている。

そんな苦境を打破するのではと以前から関係者の期待を集めていたのが戸邉だ。10年世界ジュニアで銅メダルを獲得すると、14年には2m31cmまで記録を伸ばした。ところが、そこから足踏みが続く。

「日本にも高く跳ぶための技術はあるんです。でも、僕のような身長(194cm)の選手がいなかったこともあり、自分に合う技術が見当たらないというのが正直なところ。だから、ヨーロッパに行ってトップ選手と一緒に練習をし、どちらかというとパワーで跳ぶような技術を実践してみようと思ったんです。

そして、そのなかで感じたのはトレーニングに対する考え方の違い。向こうの選手は短い時間のなかでいかに質を高めるかということに重きを置く。それまで僕の中にはそういう概念はなかったですし、(練習の時間や量を減らせば)物足りなさもある。そういうものを壊していく作業がすごく大変でした。振り返れば、そこがひとつの壁だったと思います」

ケガの影響もあり、16年リオ五輪は日本代表の座を逃したが、昨年になって2m32cmを跳んで自己記録を更新するなど、2m30cm台を4回も跳ぶまでに復調した。

「昨年から今年にかけては、それまで体力的に高めてきたものを技術的な方向に転換しようとしています。パワーで跳ぶ技術から、スピードや技術で跳ぶ日本的な跳び方に戻ってきた成果が出始めているんだと思います」

戸邉の自己記録2m35cmは、昨年の世界ランキング5位に相当。さらに7位相当の34cm、8位相当の33cmを立て続けに跳んだ。そんな状況で世界はどう見えているのか。

「確かに現時点では世界ランキングのトップに立っていますけど、2m40cm台の記録を持つバルシム(カタール)やボンダレンコ(ウクライナ)など、今季はまだ試合に出ていない選手もいます。また、僕は14年からダイヤモンドリーグに出るようになったんですけど、その年はすごくレベルが高くて上位はみんな2m40cmを跳んでいたので。

それを見ているからこそ、本当の意味での世界トップは2m40cmを超えたレベルだと思っています。そことは少し距離があるので、それを東京五輪までにどう詰めていけるか」

戸邉によれば、2m30cm台前半と35cm以上の間にも、ひとつの精神的な壁があるという。それを現時点で超えられたのは大きい。また、今回の世界室内ツアーでは、全戦で最後に2m36cmや37cmに挑戦することもできた。

「2m35cmを跳んだ初戦では37pに上げて非常に惜しいジャンプができたんですけど、まったく高さも感じないで、『跳べちゃうじゃん。跳んじゃっていいの?』みたいな感じだったんです。今の時点でいきなり40cmまでバーを上げたら数字に対する抵抗感で何もできないと思いますけど、37cmとか38cmをクリアしたら、次は40cmに上げてと具体的にイメージできるようになりました。

その意味でも実感を持ち切れないだろう37cmではなく35cmで止まったのはよかったと思いますね。満足できる数字かといわれるとそうではないし、次へ向けてのいいステップになっていく感覚があります」

■「次は2m30cm台の後半をしっかり跳ぶ」

走り高跳びをより多くの人に知ってもらいたいと、戸邉は以前から積極的に取材を受けている。それもあり、日本記録更新後は落ち着いて練習のできない状況が続いているという。

「(この状況になったのが)本当に今年でよかったですね。もしこれが来年になっていたら、五輪までに対応できなかったと思うので(苦笑)」

その上で今後についてこう話す。

「バルシムやボンダレンコとは試合以外でも親交があり、ツアー優勝後にはSNSでメッセージもくれました。彼らに肩を並べたとはまだ思いませんが、少なくとも仲間として認めてくれているのかなと思います。次は2m30cm台後半をしっかり跳んで、2m40cmを視野に入れられるようになって、彼らに本当の意味でのライバルとして認められるようになりたいですね」

もっと高く跳ぶために技術に少し改良を加え、それをシーズン最後となる9月末からの世界選手権(カタール・ドーハ)で形にする。戸邉の東京五輪へ向けての道筋は明確になってきた。

取材・文/折山淑美 撮影/村上庄吾

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