WBSS優勝! 井上尚弥が独占インタビューで語っていた強さの秘密

WBSS優勝! 井上尚弥が独占インタビューで語っていた強さの秘密

WBSSバンタム級トーナメントで優勝した井上尚弥

11月7日、"真の世界最強"を決めるWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)バンタム級トーナメント決勝で、"モンスター"井上尚弥は5階級制覇王者のレジェンド、ノニト・ドネアを判定で下し、見事優勝を果たした。

前戦は今年5月に英グラスゴーで行なわれたWBSS準決勝。無敗のIBF王者を2回1分19秒、衝撃的なTKOに葬った。その直後、『週刊プレイボーイ』は独占インタビューを行なっている。

そこで井上自身が語ったKOに至るまでの超絶テクニック、そして、WBSSにかける思いとは? 記事全文を公開する――。

* * *

■「あれだけ切り詰めてやっていたら」

試合から約3週間後の昼下がり。待ち合わせ場所に井上尚弥は颯爽(さっそう)と現れた。顔に傷ひとつない。一見するとボクサーとはわからない。穏やかな表情は、つかの間の休息を意味する。こちらもリラックスして問いかける。WBSSの決勝後に、ボクシング以外でやりたいことは?

「自分がしたいこととか、欲しいものがないんですよね」

26歳の青年は物欲がないという。強くなりたい。その一心なのだろう。

「今、約束しているのは優勝したら奥さんの両親とうちの両親を連れてハワイに行こうかな、と。試合までは自分のことだけなんで、家族にもわがまま言って、ひとりだけの時間をつくったり。試合が終わったら自分のことを考えられないんですよ。(妻に)何したい?と聞いたり。それだけ(普段は)我慢してもらっている」

かなり先の話になるが、引退後にやってみたいことも聞いてみた。

「引退したら、日常から離れたようなこと(をしたい)。世界を見てみたいというのがあるんです。いろんな国に行って、自分の知らない土地、知らないものを感じたい」

少年のような目で、世界一周をしたいと言った。ゆっくりと異国の地を回る。そんな夢があるという。

「だから、グラスゴーに行けたのも自分の中では人生としてのキャリア。海外に行って帰ってくると、なんか器がでかくなった感じがするじゃないですか。(旅は)今でもしたいですよ、あれだけ切り詰めてやっていたら。本当にボクシングのことを忘れてやりたいですけど、次(の試合)が決まっているんで」

今は世界を回る時間的なゆとりも精神的な余裕もない。ボクシング人生という旅をただひたすらに続けている。

この日の井上はいつになく冗舌だった。ひとつ質問を投げれば、多くの答えが返ってくる。まじめな話をしたかと思えば、時にユーモアを交えて笑いを誘う。話に淀(よど)みがない。胸にあるすべてをさらけ出しているかのようだ。こんな井上尚弥は初めてだ。

筆者はこれまで数回にわたり単独インタビューを行ない、世界戦前の公開練習の取材もしてきた。そのときとは明らかに違う。前回(週刊プレイボーイ5月20日号)のインタビューは試合1ヵ月前。通常の世界戦前の取材も試合1ヵ月半前くらいからだろう。練習期間ではない、完全なオフに話を聞くのは初めてのことだった。

オフが1年に数週間しかない井上にとっては、休息は非日常であり、ボクシングという過酷な旅こそが日常だ。その日常では、試合日程が決まっていないときであっても、練習期間に入れば次戦やトレーニングのことが頭から離れないのではないか。真摯(しんし)に答えているとはいえ、少し気が張っているような、何か考え事をしているような、見えない敵に拳を放っているような。絶えず、どこかでボクシングを考えている雰囲気がこれまでの取材ではあった。

今回のインタビューで漏らした言葉の重みを噛(か)み締める。

「したいこと、欲しいものがない」

「引退したら、日常から離れたようなこと(をしたい)」

「あれだけ切り詰めてやっていたら」

この王者はどこまで神経をすり減らし、ボクシングと向き合いながら日々生きているのだろう。

■「あの1ラウンド目は一番楽しかった」

5月18日。英国グラスゴー。世界王者ら選ばれし8人による世界最強決定トーナメント、WBSSの準決勝。19戦全勝12KOのIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)と対峙(たいじ)した。

ゴングが鳴ると、長身のロドリゲスがじわりと前に出て、井上がじりじりと下がり、ロープを背負う。まさか、あの井上がプレッシャーをかけられるなんて......。

「あの1ラウンド目はキャリアの中で一番楽しかったです。ロドリゲスの実力もすごくあったし、自分もどうなるか予測できなかったので。1ラウンドを通してあの展開で終わったのは初めてですね」

待ち望んだヒリヒリする闘い。カウンターにカウンターを狙い合う高度な技術戦。だが、"モンスター"と呼ばれるゆえんはここにある。劣勢に見えたあの3分で、ロドリゲスのスピード、パンチのタイミングと角度を分析し終えていた。インターバルの1分で頭と体にこう言い聞かせた。

「自分の動きが硬いなあ、そこだけ修正しよう。あとはどの距離で打てば当たるか、なんとなくつかめていたので」

井上にはふたつの目があるのではないか。ひとつは対戦相手の動き、パンチの軌道、距離感などを分析する目。もうひとつは自分自身の動きを俯瞰(ふかん)して冷静に見る目。しかも、そのふたつの目の洞察力は恐ろしいほどに優れている。

2ラウンド。ワンツーで相手がひるむと、グッと距離を詰め、右のボディーから左フック。ロドリゲスが崩れ落ちる。実は左フックとひと言で記せない、世界でも井上しかできないであろう動きだった。

「あれは完全に左フックを打っている流れ。ロドリゲスは絶対に打ち返してくるってわかっていた。だから教科書どおりの左フックじゃなくて、手も角度をつけ、(上体も)相手のパンチをもらわない角度にしたんです」

動きだした後、コンマ何秒の間に、考え、パンチをもらわないように上体を後方に引きながら、左フックの軌道を内側へと変える凄さ。なぜそんなことができるのか。

「うーん、やっぱりパンチをもらわない距離をいつも意識して練習しているんで。難しいですけどね、そこは本当に本能というか」

練習段階から常に考え、可能な限りの引き出しをつくり、体に染み込ませる。ロドリゲスが鼻血を流し、立ち上がろうとしている間、井上の脳内は目まぐるしく動いていた。

「その10秒の間にこの後何が一番適しているんだと頭をフル回転しながら、何を打つというのは考えていますね」

顔面を意識させて、左ボディーで倒し、最後も左ボディー。2回1分19秒TKO勝ち。リング上で勝利者インタビューが始まる。体にダメージはなくても、本人にしかわからない脳の疲労があった。

「疲れて(脳が)ぷつんと切れているから、自分で何をしゃべっているかわからなくなって。インタビューに支障を来すくらいでした」

決勝で対戦する5階級制覇のWBAスーパー王者ノニト・ドネア(フィリピン)と向き合う。世界のボクシングファンが興奮した場面でも放心状態は続いていたという。

「もうそれどころじゃない。全然ドネアのことを考えてなかった(笑)。現実なのか、夢なのか、わからなかった」

ぎりぎりの闘い。極限の集中力。濃密で緊迫の4分19秒だった。

海外での試合は2017年9月の米カリフォルニア州カーソン以来。グラスゴーでは弟でWBC暫定王者の拓真、いとこで日本王者の浩樹(こうき)と古き良き石造りの街を歩くのが、試合前の気晴らしになった。

「(拓真と浩樹の存在は)めっちゃでかいです。ゲームを持っていったりして、日本と同じような環境がつくれたかなと。ふたりのおかげでリラックスできて、たわいもないことで笑ったり。笑うことって大事なんで」

毎試合後、楽しみにしていることがある。夜、拓真と浩樹と近くのコンビニに集合して、カップラーメンを食べる。長期間の節制から一瞬だけ解放される。

「その日くらいしかカップラーメンは食べられないし。そこで平和な日々が戻ってきたのを噛み締めるんです」

グラスゴーの夜は少しだけ違っていた。妻が持参した「赤いきつね」を、ふたりに見てもらいながら、ゆっくりと口に運び、「うめえ」とすする。ひとつの旅が終わった瞬間だった。

■「一番感じたいのはドネアのパンチ力」

昨年5月のジェイミー・マクドネル(英国)戦は重量級を彷彿(ほうふつ)させる荒々しい連打で112秒殺。10月にはフアンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を左、右の2発、わずか70秒でキャンバスに沈め、今度はロドリゲスを泣き顔にさせた。歴戦の新旧バンタム級世界王者を倒し、戦績は18戦全勝16KO。"モンスター"の名は世界へ広まった。

ボクシングは誰が一番強いのかわかりにくい。ミニマム級からヘビー級まで17階級あり、4団体それぞれに暫定王座などが乱立している。ひとつの指標となるのが米国の老舗専門誌『ザ・リング』のPFP(パウンド・フォー・パウンド)。全階級を通じた「最強ランキング」を選定している。テニスやゴルフの世界ランキングの「ボクシング版」と言ってもいい。井上は6位からロドリゲス戦を経て、4位にランクアップした。

「そんなにぐっと上がるとは思っていなかった。4位まで来ると認められているなって。技術も身体能力もある1位、2位の(ワシル・)ロマチェンコと(テレンス・)クロフォード。そこの括(くく)りとして認められたのが一番うれしいですね。(3位の)カネロ(サウル・アルバレス)が同じ階級なら対応できるなって、ちょっと思っちゃっています」

世界的スーパースター、ドネア戦の結果次第ではさらにランクが上がるかもしれない。

「あとはドネア戦の勝ち方ですよね。軽量級って派手なKOが少ないなかで、こういう魅せ方があるんだっていうものはちょっとずつ見せられていると思うんで」

"勝ち方"とさらりと言った。そしてこう続けた。

「気の抜けない闘いになると思うけど、今のドネアに勝てなかったら話にならない。36歳のドネアにてこずったら、先は見えないなって」

ドネアは憧れの選手だった。14年11月、WBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦前、大橋ジムで一緒に練習をしたこともある。4年半の月日を経て、ロドリゲス戦後に対峙した際、抱いていた印象とは違ったという。

「(14年当時は)大きく見えたんですよね。ドネアってこんなにでかいんだと思って。でも、今並ぶとそこまで大きさを感じないんで。なんなんでしょう。不思議ですよね」

そう言って首をかしげた。肉体的な大きさだけではないだろう。井上は厳しく険しい旅を重ねて、たくましくなった。3階級制覇王者となり、自信を深め、培ったものもある。

「試合で一番感じたいのはドネアのパンチ力。どれだけ危険なパンチなのか。それはブロック(の上)でもいいんです。『これやばいな』っていうパンチ力って今まで感じたことがないんです。(ドネアには)絶対感じると思うので」

かつて、左フック一発で世界3階級制覇のフェルナンド・モンティエル(メキシコ)の頬骨を折ったドネアのパンチ力はいまだ脅威だ。

1ラウンドが終わり、井上がコーナーに戻る。毎試合、そこでセコンドの大橋秀行会長が尋ねてくる。「(対戦相手の)パンチはどうだ?」。これまで井上の答えは決まっていた。「大丈夫です」。それが、今回はひょっとしたら......。

「もう楽しみですよ。ドネアとWBSSの決勝というのは一番望んでいた形なんで」

井上のボクシング人生の旅。それは同じ時代に生きるわれわれも共有できる。行き先はわからない。

試合からちょうど1ヵ月後となる6月18日、トレーニングを再開した。非日常は終わり、またあの日常へ。拓真と浩樹と朝集合して走り、考え、練習漬けの日々。最高峰へ向け、これまでのボクシング人生で最も楽しみであり、危険な旅が始まる。

●井上尚弥(いのうえ・なおや) 
1993年生まれ、神奈川県出身。2012年プロデビュー。14年4月、デビュー6戦目でWBC世界ライトフライ級王座を、同年12月に8戦目でWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し2階級制覇(国内最速記録)。18年5月にはWBA世界バンタム級王座を獲得し、3階級制覇達成。18戦18勝(16KO)無敗

取材・文/森合正範(東京新聞運動部記者) 撮影/伊藤彰紀

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