東京五輪で"最も金メダルに近い男"・喜友名 諒(空手男子 形)が語る奥深き「形」の世界「シンプルな技を極めれば極めるほど芸術性や美しさが出る」

東京五輪で"最も金メダルに近い男"・喜友名 諒(空手男子 形)が語る奥深き「形」の世界「シンプルな技を極めれば極めるほど芸術性や美しさが出る」

東京五輪の新種目・空手で金メダル最有力な喜友名 諒。彼が語る「形」の奥深さとは?

東京五輪で実施される新種目・空手の金メダル最有力選手が空手発祥の地・沖縄にいる。男子 形の喜友名 諒(きゆな・りょう)だ。「365日空手ざんまい」の日々を送る五輪の星を現地で直撃!

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■見えない相手と常に闘っている

沖縄にとって10月25日は特別な日である。2005年春、沖縄県議会はこの日を「空手の日」にすることを決議し、沖縄をルーツとするこの武道を改めて世界にアピールしたのだ。

昨年は2日後の27日、那覇市一の繁華街として知られる国際通りで、国内外から集まった約2100人もの空手家が演武を披露。壮観な光景だった。

相撲が日本の国技ならば、空手は沖縄の県技といってもいい。現地で耳にした「沖縄には500mごとに空手道場がある」「小・中学校には必ず空手を教えられる指導者がいる」という話も大げさには聞こえない。かつて日本の至る所で子供が相撲を取っていたように、沖縄ではずっと空手が盛んなのだ。

2016年8月、空手が東京五輪の追加種目に決定するや、沖縄から「空手競技の一部開催をぜひ沖縄で」という要望が出たのも当然だった。

その「一部」とは、組手と並ぶ伝統派空手の二大種目のひとつである「形(かた)」を指す。この種目の"絶対王者"と呼ばれ、沖縄県民の期待を一身に背負う男がいる。2年に1度開催される世界選手権を14年以降3連覇している喜友名 諒(29歳)だ。「驚くほど鬼気迫る表情で演武する空手家」といえば、ピンとくる人もいるだろう。

昨年は、年間7大会を世界各地で行ないランキングを決定する「KARATE1プレミアリーグ」でも、出場した6大会はすべて優勝。さらに全日本選手権で8連覇を達成するなど、無敗の快進撃を続けている。

空手日本代表の正式発表は4月6日の予定だが、他競技も含め「東京五輪で最も金メダルに近い男」といわれている。周囲からのプレッシャーは強くなるばかりだが、喜友名は「そんなに感じていない」と受け流す。

「どの大会に出ても、優勝して当たり前という見られ方をしているので。東京五輪でも金メダル確実といわれているけど、国際大会に出始めの頃は勝てなくて精神的にきつい時期もありました。そういう時期を乗り越えることができたので、常に自分を超えて進化していけるような姿勢を持ち続けています」

昨年12月、所属する劉衛流龍鳳会(りゅうえいりゅうりゅうほうかい)の佐久本空手アカデミー(那覇市)で喜友名の練習を見た。

相手と技を出し合う組手とは異なり、形はひとりで演武を行ない技の完成度を競うが、複数の対戦相手と組手を行なうことを想定している。喜友名も常に見えない相手と闘っているという。

「この技は、どういう動きと軌道だったら、より相手に効くのか。そこのイメージが一番重要だと思います。そうでないと、空手ではない」

東京五輪での演武に採用される形は102種類ある。柔道の「一本」や「技あり」が海外でも使われているのと同様、「クーサンクー」などの形の名前は主に琉球の言葉を語源にしている。

立ち方、技の正確性、タイミングなどの「技術点」と、スピード、力強さなどの「競技点」の2項目が、7名の審判によって採点される。最近は技術点のほうに比重が置かれているという。

「形の技のひとつひとつは地味だと思うけど、シンプルなのが一番いい。飾らない技の中に芸術性や美しさが出てくる。技を極めれば極めるほど、見ている人に伝わるようになると思います」

チームメイトと共に喜友名が形を始めると、場の空気に緊張の糸がピンと張り詰めた。ボクシングのように「シュッ!」という音も聞こえてくるが、ボクサーがそれを口から出しているのに対して、空手家のそれは道着と体が擦れる音――衣擦(きぬず)れから生じるものだった。スピードとパワーが合わさった動きができて初めて風を切るような音が生じる。その音から技の精度が測れるので、これも採点の対象になりえる。

ピッチをどんどん上げていくと、喜友名の体から汗が噴き出す。一日の練習で体重が2kgは落ちるという話にも納得だ。夏場になると彼が練習を繰り返した場所には汗の水たまりができるという。

そうしたなか、「一本調子にならないこと」「丁寧に、深く」という檄(げき)が飛んだ。声の主は佐久本嗣男(つぐお)・劉衛流龍鳳会会長だ。

かつて"第2のオリンピック"ワールドゲームスの空手形の部で7連覇を果たしギネスブックにその名を記した沖縄空手の生きる伝説であり、喜友名の才能を開花させた名伯楽である。

ちょうど取材日は佐久本の72歳の誕生日だったが、この日も弟子たちと一緒に汗を流していた。その動きは、まるで腕に気がまとわりつくような、達人の域を思わせた。筆者は30年ほどさまざまな格闘技を取材しているが、70歳を超えた武道家の動きに目を奪われたのは初めてだった。これぞ武道の神髄だろう。

練習後、喜友名は「自分にはまだ先生のような動きはできない」と正直に打ち明けた。「どれだけ先生の動きに近づけるか、追求していきたい」

■中学3年から一日も休まず練習

5歳で空手を始めた喜友名は中学3年生のとき、佐久本に師事。以来、守り続けている教えがある。

「世界一になりたければ、365日、毎日練習しなさい」

それから本当に一日たりとも休んでいないのだという。

「完全に休みという日はないですね。先生が県外や海外に行かれているときには自分たちでやっています」

指導者が不在のとき、少しだけ手を抜く。それはスポーツ界にありふれた光景だが、喜友名はそれを良しとしない。

「結局、自分のためにならないと思うので。『毎日これだけの練習をやってきたぞ』と意識できるような練習を心がけています」

世界で勝つために肉体改造もした。外国人選手の形と比べると、日本人選手のそれは「力強さが足りない」と指摘されることが多い。佐久本の指示で喜友名は、8年前の全日本選手権で初優勝したときには70kgにすぎなかった体重を、時間をかけて10kg増量し、重厚さを表現できるようになった。

「もちろん体の線が細かったり、筋力がそれほどなくても、技はそれなりに表現できる。でも、フィジカルが強ければ、やりたいと思っていることがいっそうできるようになる。技を表現するのは体。どんなに頭で考えても、体がなかったら何もできないですから」

演武中、疲れがたまってくれば腰の位置が上がってくるものだが、練習を見る限り、喜友名は常に腰を落としたままだった。膝の柔らかさも大きなポイントだと力説する。

「膝がガチガチだったら、(沖縄空手特有の)柔らかさを表現することはできない。その柔らかさには強弱がある。それを意識することで、自分の持ち味である力強さを際立たせることができるんです」

インタビュー中の喜友名は穏やかな沖縄の風を感じさせる好青年に映った。演武中の顔とはまるで別人だ。

「それはよく言われます(笑)。演武中は自分を奮い立たせようとして気合いを出す。そうすることで気持ちが乗り、自然と表現できるんです」

あの鬼気迫る表情を練習することもあると打ち明ける。

「鏡を見ながら目を見開いたり、ずっと遠くを見たり。なんでも真剣勝負というか、本気になれば目力も鍛えられます」

車の運転中、信号待ちをしているときなど、無意識のうちに手が動き、形の動きを反復していることがあるという。

「イメージが浮かんだときとか、『こういう動きをしてみたい』と考えていることが多いですね。自宅にいてもそんな感じです」

何か趣味はあるのかと聞くと、「そのための答えを用意していたつもりだったけど、忘れてしまいました」と笑った。

「でも、素潜りは好きですね。今年(19年)は一度も海に行けなかったですけど」

24時間365日、空手ざんまい。過去、沖縄県出身のオリンピアンで金メダルを獲った者はいない。喜友名はその記念すべき第1号となるか――。

取材・文/布施鋼治 撮影/黒田史夫

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