MLB激震のアストロズ「サイン盗み事件」にくすぶる"泥沼化"の可能性

2017年にアルトゥーベ(中央)がMVPに輝き、世界一になったアストロズだが、サイン盗みの発覚で汚れた栄光に

咋秋からこの春にかけて、メジャーリーグはスキャンダルに揺れている。

過去3年間で2度もワールドシリーズに進み、2017年には世界一に輝いたアストロズが、そのシーズンに電子機器を使ったサイン盗みを行なっていたことが発覚。その手法は、試合中にベンチ裏のモニターでサインを解読し、その場にあるゴミ箱を叩いて球種を伝えるという、近代的かつ原始的なものだった。

米メディアで大きく報じられた問題をMLBも無視できず、コミッショナーのロブ・マンフレッドは昨年の11月中旬から調査を開始。60人の関係者と面談し、約7万6000通ものメールが調べられた結果、MLBはアストロズを"クロ"と断定する。

チームに対して、規定で定められた最高額の500万ドル(約5億5000万円)の罰金、A・J・ヒンチ監督とジェフ・ルーノウGMの1年間の活動停止、20年と21年のドラフト1、2巡目指名権の剥奪といった処分が発表された。

振り返ってみれば、ここまでは事件の"プロローグ"にすぎなかった。

処分が発表された直後、アストロズはヒンチ監督、ルーノウGMを即座に解任。調査結果の中で「サイン盗みの首謀者」と名指しされた、レッドソックスのアレックス・コーラ監督(当時のアストロズのベンチコーチ)、メッツのカルロス・ベルトラン監督(17年にアストロズの選手としてプレー)も辞任を表明する(=事実上の解任)。

今オフに監督に就任したベルトランは、一戦も指揮を執らないまま"お払い箱"になった。

この流れを受け、17年のワールドシリーズでアストロズに2戦連続自責点4と痛打された、当時ドジャース所属のダルビッシュ有(現・カブス)は怒りを口にした。米メディアに残した、「五輪は選手がズルすれば金メダルはもらえない。でも(アストロズの)連中はいまだにワールドシリーズの王座を保持している。変だよね」というコメントは大々的に報道された。

同じく17年のプレーオフでアストロズに敗れたヤンキースの田中将大も、現地メディアの取材に対して、その年の世界一の正当性に疑問を呈している。

もちろん、アストロズに辛辣(しんらつ)なのは日本人選手だけでない。ドジャースのコディ・ベリンジャーが「(アストロズの)ホセ・アルトゥーベは17年のMVPを(ヤンキースの)アーロン・ジャッジから盗んだ」と糾弾すれば、当のジャッジも「彼らの優勝にはまったく価値はない」とバッサリ。

ほかにもマイク・トラウト、クレイトン・カーショウなど、春季キャンプ開始前後に多くのスター選手が痛烈なコメントを残している。

NBAのスーパースターであるレブロン・ジェームズまでもが、自身のSNS上で怒りのコメントを出すなど、今回のスキャンダルは競技を超えた社会問題のように騒がれている。

これほど話が大きくなり、多くの怒りを買った理由は、端的に言ってふたつ。まずは、監督、フロントの人間に手厳しい処分が科されたものの、ダルビッシュの言葉どおり17年の世界一は剥奪されず、"実行犯"の選手たちにも「出場停止」などの処分がなかったことだ。

誰がどれだけの恩恵を受けたのか判断が難しいこと、選手会の反発を恐れたことなどが、選手への厳罰がなかった理由だろう。背景はどうあれ"おとがめなし"で終われば、アストロズに敗れて少なからず人生が変わった選手たちが激怒するのも無理はない。

もうひとつ、アストロズがキャンプ開始時に行なった謝罪会見がよくなかった。内容は実にあっさりしたもので、オーナーのジム・クレインが「(サイン盗みが)試合に影響したとは思っていない」などと述べたことが、怒りの火に油を注いだ。

その後、アストロズの選手たちは懺悔(ざんげ)の言葉を残しているが、いまだに「反省の色が見えない」という声は根強い。

この事件の余波は、シーズン開幕後も続きそうだ。"全米の敵"になったアストロズは、プレシーズン戦からファンの大ブーイングを浴びており、シーズンに入ってからもアウェーゲームは物々しい雰囲気になるだろう。

MLBのコミッショナーは、各チームに「アストロズへの報復禁止」を呼びかけているものの、一部の投手がアストロズの主力打者に故意の死球を浴びせることは避けられない空気になっている。

さらに事件が悪化する可能性もある。18年のワールドシリーズを制したレッドソックスにもサイン盗みの嫌疑がかかっており、間もなく調査結果が発表される予定だ。

アストロズに関しても、調査で報告された「17年から18年前半」以外にもサイン盗みを行なっていた、という疑いは残っている。その伝達方法として、体にブザーを忍ばせていたという噂も......。

これらの疑惑が真実と発表されれば、コミッショナーはいよいよ選手の処分に踏み切るかもしれない。

サイン盗み自体は、メジャーでは古くからさまざまな形で行なわれてきた。テクノロジーの発達でほかのチームもさまざまな機器を取り入れており、似たようなことをやっていたチームは存在するだろう。

ほぼすべての投手は激怒しているが、なかには恩恵を受け、「騒ぎが早く収まってほしい」と願っている野手がいるかもしれない。調査が進んでそれらが明るみに出れば、事件は"泥沼化"する。

メジャーリーグの暗部を浮かび上がらせた、サイン盗み事件。収束の糸口はまだ見えない。

取材・文/杉浦大介 写真/共同通信社

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