「頭脳派のイメージだけど、あの人の根っこはファイターだよ」宮澤ミシェルが回想する岡田武史の意外な素顔

岡田武史さんについて語った宮澤ミシェル氏
サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第140回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは岡田武史さんについて。岡田武史さんといえば、頭脳派の印象が強いが現役時代に見せた意外な一面について宮澤ミシェルが語った。

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年末から読み進めてきた一冊のゴールが、ようやく見えてきた。

『岡田メソッド 〜自立する選手、自律する組織をつくる16歳までのサッカー指導体系〜』は、発売後スグに買ったのだが、書かれている内容が興味深くてその都度考えさせられるから、読んでは立ち止まりの繰り返し。

日本代表監督を2度務め、横浜F.マリノスでJリーグ2連覇を達成し、中国リーグでも監督を経験した岡田武史さんが、S級ライセンスを返上し、今治でオーナーとして何にチャレンジしているかがよくわかる本だった。サッカーに興味がある人なら、ぜひ読んでもらいたいよ。

今年で64歳になる岡田さんは、私の7歳上。私は1986年に大学を卒業して日本サッカーリーグのフジタ工業に入ったけど、その前年に岡田さんのいた古河電工はリーグ優勝し、1986年はアジアクラブ選手権で優勝。その中心選手で、同じDFだった岡田さんのことは意識していたよ。

岡田さんの現役時代を頭脳派DFと言うけれど、あの人の根っこはファイターだよ。

私自身は気持ちでプレーするタイプだったから、岡田さんが自分と似ていると感じた出来事があったんだよね。

岡田さんの現役晩年だったと思う。古河電工とフジタが対戦したときに、フジタには190cmを超えるFWピーター・ハインズというボクサーのような体型をしたFWがいてね。フジタがサイドをえぐって、中央で待ち構えるピーターに向けてクロスボールを入れたの。ドンピシャのタイミングで。

そうしたらそのボールに対して、岡田さんは少し遅れながらも諦めずに反応したんだよね。だけど、ピーターのガタイのデカさで吹っ飛ばされて、ボールと一緒に岡田さんもゴールのなかへ。フジタの選手がゴールに喜んでいる脇で、スグに救急車が来て岡田さんは運ばれていったんだ。

一見すると鈍臭そうな選手が、ピーターの体格にビビらずに突っ込んでいく。「さすが、古河電工でキャプテンを任される人だけある」と思ったんだよね。

34歳で指導者に転身した岡田さんとは一緒のチームでプレーする機会はなかった。だけど、その後にJリーグが誕生して私がジェフユナイテッド市原に移籍すると、岡田さんがサテライトチームのコーチでいて。練習グラウンドで会うとよく話をしたものだよ。

一度、岡田さんと守り方で意見交換したことがあって、それはいまでもよく覚えている。相手FWがDFラインと中盤の間に引いてくさびのボールを受けようとしたら、岡田さんは「CBがついて行った方がいいんじゃないか。そうしないとDFラインが深くなるから」と言った。

私はフジタ時代から「相手FWについて行ってゴール前を留守にする方が怖いし、DFラインが深くなってもCBが中央を守れば失点はない」と指導を受けていたから、そう返答したんだよね。

当時のジェフの監督は清雲栄純さんで、最終的な決定権は岡田さんにも私にもなかったし、そもそも岡田さんとの会話自体が意見交換に過ぎなかったんだけど、岡田さんの考え方に少し触れたことで不思議と記憶に残っているんだよね。

横浜FMを監督として率いた頃は選手たちに何度も取材をしたけれど、リーダーとしての岡田さんは、選手たちの肝を握るのが巧い。厳しい監督だから甘えは許さないんだけれども、常に選手ひとりひとりの行く末を最優先に考えているから、みんながついていく気持ちになったそうだよ。

Jリーグでリーグ優勝経験があって、日本代表も率いたことがあるのは、岡田さんと西野朗さん、そして現在の森保一監督の3人しかいないんだよ。ジーコは鹿島ではテクニカルアドバイザーだったし、イビチャ・オシムさんはジェフではリーグ優勝できなかったからね。

岡田さんと、1学年先輩の西野さん。早稲田大では同じチームにいたふたりが、日本のサッカー指導者の新たな可能性を示してくれているのもおもしろいね。山本昌邦さんをはじめ、幸一・哲二の柱谷兄弟などがいる我が国士舘大サッカー部OBも、負けないように頑張っていきますよ!

構成/津金壱郎 撮影/山本雷太

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