江夏 豊×東京ヤクルトスワローズ新監督・高津臣吾スペシャル対談「今もユニフォームを着させていただいているのは野村監督のおかげです」

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新型コロナウイルスの影響で3月20日開幕予定だったプロ野球公式戦が6月19日(金)に大幅延期されたが、ついに今週末、開幕を迎える。

ヤクルト・高津臣吾(たかつ・しんご)新監督にとっては波乱の船出となるが、チーム再建の展望は? ドラフト1位・奥川や昨季新人王・村上への期待、そして"恩師"故・野村克也氏とのエピソードまでを、江夏 豊(えなつ・ゆたか)氏と語り尽くす!

※この対談は今年2月に収録され、3月16日発売『週刊プレイボーイ13号』に掲載されたものです。

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■"球界の宝"奥川の育て方

江夏 1軍の監督としては今年が初めての沖縄・浦添キャンプ。成果はどうだった?

高津 天気はよかったんですが、ある程度、覚悟していた以上にケガ人が出まして。村上はじめ途中離脱が4、5人出たのは計算外でした。

江夏 村上君は昨年、素晴らしい数字を残したから、重圧がかかっていたと思う。その影響もあるんじゃないかな。

高津 村上はまだ20歳ですが、中心を打つ選手。重圧も抱えながら成長していかなきゃいけないでしょうね。

江夏 そういう意味では、いい経験をしたと思う。ただ、昨年後半のバッティングを見ていて、基本的に野球をもっと覚えないといけないな、と感じた。そこは指導者がしっかり教えていかないと。

高津 おっしゃるとおりです。今は野球一本で、プロとしての土台づくりを頑張ってほしいと思います。

江夏 しかし、昨年のヤクルトはとんでもない成績だったね。

高津 負けましたねえ......。僕は2軍の監督で、1軍との入れ替えもよくあったんですけど、降りてくる選手は表情が冴さえないですし、昇格した選手もなかなか戦力になれない、という状況でした。

江夏 ヤクルトはディフェンスチームなのか、オフェンスチームなのか?

高津 昨年は攻撃中心だったと思います。ただ、それで失敗した要因は一にも二にも絶対、ピッチャーだと。投手陣を立て直すために僕に声をかけていただいた、と思っています。ピッチングコーチは1軍にふたり、ファームにもふたりいて、僕を入れて5人で立て直していくのが目標です。

江夏 まずは先発陣の固定、そして石山君を中心にしたリリーフ陣の整備だよね。

高津 はい。先発でメンバーに入っているのは石川、小川、高橋の3人しかいませんので、あとは新外国人と、大学出の新人を3人獲(と)ったので、その中から入ってきてくれることを願っています。

江夏 2月24日の阪神とのオープン戦で石川君、小川君が投げ、ふたりとも内容的には安定していて、ボールが低めに来ていた。特に石川君は低めに来て初めて味のあるピッチャーだからね。

高津 石川と小川についてはもう、オープン戦は感覚をつかむだけで、期待どおりにやってくれると信じています。

江夏 ドラフト1位の奥川君はどうだ?

高津 もう抜群です! 彼はすごいですよ。18歳で、あのぐらいの力感(りきかん)であんな球が行くんだ、と思うぐらいの球を投げますから。

江夏 いいバランスで投げていると思うよ。

高津 バランスいいですね。軽く投げているように見えて、すごくスピンの利いたボールが行くんですよ。ただ、まだ18歳ですし、今年の夏前ぐらいに1軍に来てくれたら、と思っています。

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江夏 2軍で育てるのか、それとも1軍に帯同させて、1軍の野球を見せるのか?

高津 2軍で100球ぐらい投げられるようになったら、1軍に呼ぼうと思ってます。それで10日に1回ぐらいの間隔で投げさせたいですね。

江夏 奥川君ほどの新人だったら、早く1軍の野球を見せたほうがいい。

高津 絶対、そうですね。

江夏 新鮮味を持って、1軍のレベルを理解できるといいと思う。昨年夏の甲子園を沸かせた男なんだから。あとは性格次第だけど、どう?

高津 普段はすごくおっとりしていて、口数少ない、田舎のお兄ちゃんです(笑)。あと、足が速いですね。

江夏 体のバネがあるんだろうね。あなたがうまいこと育ててよ。ヤクルトの宝、球界の宝なんだから。

高津 わかりました、責任を持って。奥川がエース、村上が4番になれば、何年か後のヤクルトは強くなってるんじゃないかと。

江夏 何年か後じゃ困るんだよ(笑)。せめて2、3年後には強くなってくれ。

高津 わかりました!

江夏 ところで、投手力といえばキャッチャーも重要だ。

高津 そうですね。今年は楽天で実績ある嶋を獲りました。周りへの刺激、ピッチャーへのサポートを考えると、すごく大きな加入だと思います。

江夏 となると、正捕手は?

高津 やっぱり中村になると思いますが、嶋がいい刺激になって、あらためて勉強させてもらっているようです。

江夏 嶋君から刺激を与えられて、中村君に何か違う部分が出てくればいいと思うよ。

高津 嶋が入って中村は元気に明るくなった気がしますし、中村が質問すると嶋も遠慮せず答えているようです。中村が元気に投手陣を引っ張って、嶋がしっかりサポートしてくれる体制が理想ですね。

江夏 ピッチャーの数字が悪いのは投げるほうだけの責任じゃないもんね。キャッチャーの姿勢やリードがピッチャーをかなり変えていくから。

高津 まさに、そこは僕が嶋に求めている部分です。

江夏 バッテリー全体で立て直していければいいと思う。それで今日はね、今のヤクルトから離れるけど、話しておきたいことがある。あなたの恩師であり、私の恩師でもあった野村克也さんが亡くなられた。あなたから見た野村監督はどうだった?

高津 まさか、僕がなるとは思わなかった抑えに指名してくれたのが野村監督です。そこからいろんな勉強をさせてもらって、こうして今もユニフォームを着させていただいているのは野村監督のおかげだと思っています。

江夏 それはお互いさまだもんな。自分が今ここにいるのも野村さんのおかげだから。

高津 本当にいい人に出会えたと思いますし、僕はラッキーだったなと。当時、キャッチャーは古田(敦也)さんで、野村監督とふたりで僕を成長させてくれたと思います。

■野村監督は会うたびに「抑えにして悪かったな」

江夏 高津投手といえば、シンカー。成長の過程で覚えたボールだと思うけど、あなたのような右のサイドスロー、もしくはアンダースローにとって、問題は左バッター対策だよね。その点で何か心がけていたことはあった?

高津 まさに、野村監督から「遅い球を覚えなさい」と言われました。

江夏 ほほぉ。

高津 「おまえの真っすぐは140キロ出るか出ないかが限界だから」と。それで1993年5月の巨人戦で、新人の松井秀喜と対戦したときに、古田さんのサインが真っすぐしか出ないんです。おかしいな、と思いながらそのとおりに投げたら、松井にプロ第1号ホームランを打たれてしまった。後で聞いたらサインは野村監督の指示で、「おまえの真っすぐってこんなもんだよ」と。

江夏 フッフッフ。

高津 「高校出の18歳にゴーンと打たれるぐらいの真っすぐなんだから、遅い球を覚えなさい」と言われたのが大きな転機になりました。

江夏 じゃあ、ほかの球種ではなくシンカーを選んだ理由は?

高津 その前年、92年の日本シリーズで、西武の潮崎(哲也)のシンカーをヤクルトの左バッターがまったく打てなくて。野村監督に「こんな遅い球を打てないんだ。おまえも同じような投げ方してるんだから、同じような100キロのシンカーを覚えなさい」と言われたからです。

その年の秋季キャンプで、野村監督はほとんどブルペンにつきっ切りでした。「もっと遅く」とか「もっと腕振って」とか、「もっとこんなイメージで」って言われて、200球、300球、毎日のように投げた思い出があります。

江夏 ということは、野村監督も成長したんだね。

高津 監督が成長?

江夏 南海(現・ソフトバンク)時代はピッチャーのフォームに関して一切、何も言わなかったから。ただ黙ってリードしてるだけで、打たれたらニヤッと笑う。そういうキャッチャーやった。

高津 どういう意味で、笑われたんですかね。

江夏 簡単に言えば、意地が悪い。「打たれるやろ、こんなボールじゃ」と。相手の攻め方もわかってるわけだけど、教えないんだから。そんなことが何回か、自分が移籍した年にあって、なんと意地の悪いキャッチャーかと(笑)。

高津 ハッハッハ! 確かに意地悪ですね。でも江夏さん、野村監督に「抑えになれ」と言われたんですよね?

江夏 いや、「抑えになれ」というより、当時の自分は肩、肘がダメで、球数にしたら30〜40球しか投げられなかった。そんな自分を生かす方法がリリーフしかなかったわけ。先発しても2回ぐらいで代わらないといかんから。

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高津 それを野村監督に説得されたんですか?

江夏 そう。「これからの野球は先発・中継ぎ・抑えという分業制が絶対に確立される。それができたチームほど強い」と。先見の明があったよね。

高津 本当に今、分業制になっていますもんね。

江夏 あとは当時、パ・リーグは前期後期制になって、DH制導入で9人攻撃になって、ひとりのピッチャーで1試合賄うのは難しい、と。それもあって、「江夏、おまえは球数にしたら30球、40球だ。だから8回、9回に投げろ」と言われたわけだよ。

高津 江夏さん、すぐに「はい」って言ったんですか?

江夏 言うわけないじゃん。

高津 ハッハッハ!

江夏 バカヤロウ!と思ったよ(笑)。

高津 でしょうね(笑)。

江夏 まあ、亡くなった人をあんまり悪く言うのもなんだけど(笑)。野村さんは自分の野球人生を大きく変えた、忘れられない人だから。あなたもそうだと思う。

高津 忘れられないですね。最後は亡くなる1ヵ月前にお会いしたんですけど、ユニフォームを脱がれてからお会いするたびに必ず僕に言うのは、「抑えにして悪かったな」と。抑えがとてもしんどいポジションだ、ということをすごく理解されていて、そこを任せてしまった、という気持ちがあったんでしょうけど、野村監督らしいと思います。

江夏 あの人の優しさだよな。では、あなたにとって抑えとしての最高の思い出は?

高津 93年の日本シリーズ、"常勝西武"を破って日本一になったときですね。最後、マウンドにいられて、野村監督を胴上げできましたから。

江夏 そういういい思い出を若い人に経験させよう。それがあなたの仕事だよ。

高津 はい。ビッグゲームを経験するか、しないかによって、野球人としてずいぶん差が出てくると思うので。

江夏 そのためにも今年、ヤクルトが台風の目になって、セ・リーグをかき回してくれれば楽しいシーズンになると思っているよ。

高津 昨年よりはいい形で進めていけるんじゃないかな、と思っています。

江夏 大いに期待してる。

高津 ありがとうございます!

江夏 よっしゃ。今日は忙しいときにありがとう。

●江夏 豊(えなつ・ゆたか) 
1948年生まれ、兵庫県尼崎市出身。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振などのプロ野球記録を持つ、伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ

●高津臣吾(たかつ・しんご) 
1968年生まれ、広島県出身。広島工業高校、亜細亜大学を経て90年にヤクルト入団。チームの守護神として最優秀救援のタイトルを4度獲得、日本シリーズで4度も胴上げ投手となる。通算286セーブはプロ野球歴代2位。2014年に1軍投手コーチとしてヤクルトに復帰、17年から2軍監督、20年から1軍監督を務める

構成/橋安幸 撮影/五十嵐和博

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