早大ラグビーが運営ビジネス力アップで復活を狙う!

早大ラグビーが運営ビジネス力アップで復活を狙う!

山下大悟監督は現役時代サントリーにも所属していた。2008年2月撮影(写真:アフロスポーツ)

 赤黒ジャージィの復活なるか。

 大学選手権で歴代最多となる15回の優勝を達成した早大ラグビー部が、いま環境を大きく変えて復権を目指している。先頭に立つのは、山下大悟新監督だ。北海道の網走や長野の菅平での合宿を終えた頃、一定の手応えを口にする。

「最初に提示したロードマップ通り、じゃないですか」

毅然とした語り口。スキンヘッドと締まった体躯はすっかり日焼けしている。9月17日、神奈川・海老名運動公園陸上競技場。加盟する関東大学対抗戦Aの初戦で昇格したばかりの成蹊大を71―0で下した。

 大学選手権で歴代最多となる15回の優勝を誇る早大の2000年代は栄華を極めた。特に2005年度には、日本選手権でトヨタ自動車を相手に社会人撃破を果たした。ところが当時の清宮克幸監督が退くと、徐々に頂点から遠ざかってゆく。監督のバトンが3人に渡って迎えた昨季、対抗戦での帝京大とのゲームで12―95と惨敗した。大学選手権の決勝戦に進んだのは、かれこれ3季前のことである。

 ここで新指揮官となったのが、山下監督だった。清宮政権下2季目に主将を務めた35歳だ。実は日野自動車の現役選手だった前年度以前から、復権への手を打ってきていた。

 早大は帝京大など一部の強豪校と違い、高い競技力と実績を持つ選手を集められる方法が限られていた。そこで監督になる前の山下は、不合格の可能性もある推薦制度を多くの選手に受けてもらうよう全国を歩いた。すぐに主力となるメンバーを、大量に入学させた。

 その1人が、20歳以下日本代表の斎藤直人。山下監督と同じ桐蔭学園高卒のスクラムハーフだ。志望理由は「色々な人に聞かれて、何と答えたらいいかわからない」としながら、「小さい頃に大学ラグビーを観ていた時の強い早大のイメージ」が一因となったという。あの頃の黄金期は、こういう所にも役に立っていた。

 さらに山下監督は、クラブと周りを取り巻く環境も分析した。例えば大学選手権7連覇中の帝京大では、岩出雅之監督が先頭に立って大学との二人三脚での強化を推進していた。その延長線上で、有望な選手を実直な巨躯に育てているのだ。

 ここまで資金面で後れを取っていた早大を鑑みると、「このままでは太刀打ちできない」。全国のファンからの支援を受けられるよう、クラウドファンディングを開設。さらには広告代理店やマスコミに勤務するOBとハドルを組み、複数企業とのパートナーシップを締結した。具体的な数字は明かされないが、スタッフによればかなりの増収があったという。

 まずはジャージィや練習着を、清宮監督時代から続いたアディダスからアシックスに切り替えた。カレッジスポーツの産業化で国内での売り上げ拡大を目指していたアシックスと、人気校復活を旗印に掲げる早大は、訴求点が合っていた。

 最も強化に直結するサポートは、共立メンテナンスによる食事援助だろう。主力チームが寝泊まりする第1選手寮には、ビュッフェ形式の食堂が完備された。駐在する管理栄養士に指導され、選手の体重や体脂肪率などに合わせた盛り付け例も提示される。

 肉、魚、野菜、豆、米。いまでは近隣にある第2選手寮の選手を含めた50〜60名程度が、豊富な品数に顔をほころばせる。ロックの桑野詠真主将は笑う。

「美味しいんです。…ホテルみたいです」

 整理されたフィジカルトレーニング、練習直後のストレッチや交代浴なども相まって、選手たちの身体は変わった。夏を迎えた頃には、主力選手の首の太さ、上腕の隆起が明らかとなった。斎藤とともに試合を動かす1年生スタンドオフの岸岡智樹は、東海大仰星高時代よりも体重を「5〜10キロ」は増やしたという。
   

 指揮官は就任と同時に、今季の日本一奪還までの「ロードマップ」を提示していた。
 2月から春にかけては、現代ラグビーの構造とそれに伴う動き方を整理する。春から夏までは、今後の早大ラグビー部が生命線とする「強み」の土台を作った。
 
 8月21日におこなった菅平での帝京大との練習試合を「ターニングポイント」とし、生来の「強み」をより実戦使用にアップデートさせてゆく…。かような道のりを順当に歩んでいるから、対抗戦開幕前に「ロードマップ通り」と話したのだ。

 その「強み」とは何か。チームディフェンス、ブレイクダウン、スクラムである。

 山下監督が唱える「鎖のようにちぎれないチェーンディフェンス」は、各パートナー企業とも力を合わせて夢を叶える「ビー・ザ・チェーン」というスローガンとも合致する。列を作り、2人がかりでのタックルを重ねては起き上がり、相手のランナーが孤立無援となった瞬間などを見定めて攻守逆転を狙う。その意識づけを、元國學院栃木高の古庄史和新ヘッドコーチとともに徹底した。

 ブレイクダウンとは、ランナーとタックラーが衝突した接点のことだ。古今東西、ボールを境界線にした陣取りゲームであるラグビーにあっては生命線となる。早大も例に漏れず、「(接点に入る)1人目、2人目の選手が何をすべきか、明確にしている」と山下監督は言う。

 何よりフォワードが8対8で組み合うスクラムには執念を覗かせる。ここで招かれたのは、伊藤雄大コーチである。山下監督が主将だった頃の2年生プロップで、前年度までプロ選手としてプレーしていた。最後列両脇のフランカーが斜め中央方向へ肩を寄せるなど、8人のフォワードが密な塊となる組み方を提示する。

「コーチは感覚的な部分を言語化して伝えなければいけないんですが、その経験の足りない部分を、自分が一緒にスクラムを組むことで補えたらと思っています」

 夏以降は、攻撃の落とし込みもなされた。接点のスクラムハーフからのハイパントで陣地を獲得したり、グラウンド中央の接点からスタンドオフが扇状の陣形を操ったり。夏の帝京大戦では22―47と敗戦も、主力が出揃った前半は10―12と互角に映った。

 スクラムトライを奪った内容に、伊藤コーチは「困った時にスクラムへ立ち返るという意識はできた。ただ、その日のレフェリーとの相性や向こうの強さによって、全てを圧倒できているわけではない」と収穫と課題を語る。

 前年度の大敗を経験した桑野主将は、視界良好といった口ぶりだ。
「自分たちがやろうとしていることが見えてきた、いい状態です。いまはまず、今年の3つの強みを再構築しようとしています」
   

 遡って始動後初の公式大会である関東大学春季大会では、前年度中位陣によるグループBで1勝4敗、平均失点40.6とした。

 早大ラグビー部は歴史あるクラブだ。それゆえOB会組織など、クラブを愛する人の数は多い。愛の数が多い分だけ、愛の方向性は四方八方へ散る。ビビッドな改革が春の結果に繋がらなかったことで、多様な意見も沸いただろう。

 しかし、伊藤コーチは「そういったものは、僕のところへは届かない。大悟さんに守っていただいている」。ここで動じるそぶりを見せなかったのが、山下監督だった。
「もし説明を求められても、『いまはここがこうなっていて…』とお答えできます。何でも聞いて、という感じです。もちろん、OBの方には色々とご教示いただきますが」
  
 例えば、大学選手権の終盤戦で帝京大とぶつかるとする。それまでの間には、どんな上積みが必要か。答えは、簡潔だった。
「ベースにこだわり、それを本当の強みにしていく。ここまでの試合から、最初に提示したベースを保ちながら、『ここをこうした方がいい』という要素を更新してゆく。あとは帝京大さんを考え相手の分析をする」

 好スタートを切った早大は10月に3試合を行う。さらに11月6日、対抗戦で組まれた帝京大戦に挑む。以後も続く対抗戦での上位争いで4位以内に入れば、14チームでのトーナメントとなる大学選手権に進める。
 
 さらに11月6日、対抗戦で組まれた帝京大戦に挑む。以後も続く対抗戦での上位争いで4位以内に入れば、14チームでのトーナメントとなる大学選手権に進める。

 目の前のゲームを大切にするのがアスリートにとっての金科玉条だが、一大プロジェクトの成功には綿密な計画立案とその遂行が必須となる。2016年度の早大ラグビー部は、そのはざまで呼吸を重ねる。

 ちなみに、早大が創部100周年を迎える2018年度は、ラグビーワールドカップ日本大会の直前期にあたる。斎藤や岸岡らルーキーにとっては、脂がのる3季目のシーズンでもある。

 これらタイミングの妙は、帝京大の岩出監督も十分に、把握している。

 夏合宿に対戦した印象について聞かれ、「あちらが時間をかけてやってこられた部分を、こちらはあまり練習していなかった。これから時間をかけてやります」。両者間に新しいライバルストーリーが始まれば、興業としての大学ラグビーは再び活気づくかもしれない。

(文責・向風見也/ラグビーライター)