元代表GK・都築龍太氏 現役時代からキャラ変、市会議員に

元代表GK・都築龍太氏 現役時代からキャラ変、市会議員に

最初の選挙では握手もせず、頭も軽く下げるだったという(撮影/渡辺利博)

 現役時代とキャラクターが180度変わった。

「ガンバ大阪時代に西野監督(朗、現・日本代表監督)と対立した話が結構有名になりましたから、サッカー界では難しい奴と思われていたんでしょうね」

 2001年の初選出から、トルシエ、ジーコ、岡田ジャパンの「第3GK」として、長く日本代表に名を連ねた、都築龍太(40)。現在はさいたま市議会議員の一回生として、日夜駆けずり回っている。

「二度目の選挙で当選させてもらってから丸3年経ちました。最初に出馬したのは引退間もない2011年の埼玉県議会議員選挙。この時は特にやりたいこともなく、正直周りに担がれたのが大きかった。そんな浅はかさだったので当然、落選しました。でもこの落選があったおかげで変わりましたね。それまでは人の言うことを聞かず、常に自分の考えだけでやっていたのが、きちんと勉強して人の意見にも耳を傾けるようになった。そして自らの意思でもう一度選挙に出ようと決めました」

 謙虚な口調でそう答える。現役時代は納得いかなければ監督にも食ってかかり、優勝しても自分が試合に出ていなければ喜びもしないという、典型的な唯我独尊タイプだった。

「ベテランになったからといって、チームのために何か助言するようなことはなかったです。盛り上げることもしなかった。むしろチームに波風を立たせないようにするため、僕は何も言わないほうがいいと思っていましたから(笑い)」

 それでもチームが勝つためにゴールを死守し続けた。

「代表には(川口)能活さん、楢崎(正剛)くんがいたので、ほとんど試合に出られない。いつも『2人ともミスしろ!!』って思ってました。シドニー五輪代表で予選を戦っているときはスタンドで見ているしかなく、トルシエに『帰らせてくれ』って直訴して喧嘩しましたね。三番手として学ぶ気はなかったです。それでも続けないと、ステップアップできないこともわかっていましたが……モチベーションの維持は難しかったです」

 現在の日本代表について「あまり見てないですが、ただ頑張ってほしいですね」と言葉少なに語るその顔は、もう政治家のそれだった。

■つづき・りょうた/1978年4月18日生まれ、奈良県出身。GK。長崎の国見高校からガンバ大阪に入団、浦和レッズではAFCチャンピオンズリーグ優勝に貢献。長らく日本代表に選出されたが、W杯は不出場。現さいたま市議会議員。代表キャップ数6。

※週刊ポスト2018年6月22日号

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