金足農業・吉田輝星「ドラフトか進学か」重い決断と恩義

金足農業・吉田輝星に対するプロへの誘いに監督危惧 八戸学院大学監督に対して恩義か

記事まとめ

  • 金足農業・吉田輝星は甲子園での活躍により、ドラフト1位での競合指名も有力視される
  • しかし、吉田輝星は八戸学院大学監督に対して恩義があり、同大学進学が基本線だという
  • 金足農業の中泉一豊監督は、プロへの誘いで吉田の気持ちが揺れることを危惧している

金足農業・吉田輝星「ドラフトか進学か」重い決断と恩義

金足農業・吉田輝星「ドラフトか進学か」重い決断と恩義

甲子園のヒーローはどこへ(写真:藤岡雅樹)

 彗星のごとく甲子園に現われ、日本中の注目を一身に集めた金足農業・吉田輝星(こうせい)。プロスカウトの評価はうなぎ上りで、ドラフト1位での競合指名も有力視される彼には、既に約束した“進学先”があった。プロ志望届を提出するか否か──周囲の期待と思惑の中、17歳は重すぎる決断を迫られている。ノンフィクションライターの柳川悠二氏がレポートする(文中敬称略)。

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 大阪桐蔭の春夏連覇達成からおよそ3時間後──同校宿舎には、大勢の保護者やファンがナインの到着を待ち構えていた。

 例年通りの光景ではある。ところが、明らかに様子が違う点があった。報道陣の数が極端に少ないのだ。一方、準優勝校である秋田・金足農業の宿舎は、用意された部屋が人であふれかえっていたという。

 金足農業に13対2と圧勝し、史上初となる2度目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭の偉業よりも、吉田輝星というたったひとりの球児の881球の熱投が、話題をさらったのである。

 入場者数が過去最高となる100万人を超えた100回目の甲子園は、バックネット裏の光景も違っていた。いつも2回戦を終える頃には甲子園を後にするスカウトの姿が、いつまでもあった。根尾昂(あきら)や藤原恭大(きょうた)といった、ドラフト上位候補を揃える大阪桐蔭“最強世代”の視察目的もあるだろう。しかし、“平成最後の怪物”の存在が大きい。彼らは吉田が「プロ志望届」を提出することを心待ちにしている。東北のファンもまた、ご当地選手として東北楽天での活躍に期待を寄せる。

 今後の関心は吉田の将来に移っていく。事態は本人だけでなく様々な大人の思惑が交錯する状況にある。

 決勝から遡ること11日(8月10日)。1回戦の鹿児島実業戦を終え、1日の休息日を挟んだ金足農業の練習場は閑散としていた。

 初戦で14三振を奪う快投を見せたとはいえ、当時は吉田狂騒曲のいわば“序曲”で、金足農業の決勝進出を予期できた者など、誰もいなかっただろう。練習を終えた吉田の周りにいたのも、私ひとりだった。

「進路は(甲子園が)終わるまで考えません。もちろん、将来の夢はプロ野球選手になって活躍すること。メジャーリーガーになることは想像もつきませんが、日本を代表するピッチャーになりたい」

 野球人生の次なる舞台について意気揚々と語った吉田は、進路に関しては煙に巻いたが、同じ日、金足農業監督の中泉一豊はこう明言した。

「一部の方は既にご存じかと思うのですが、(吉田の進路は)大学が基本線です。八戸学院大学を予定しております。(同大野球部の)正村(公弘)監督にご指導いただいたからこそ、今の吉田がある。そのご恩を反故にするわけにはいきません」

 八戸学院大は青森、岩手、秋田の3県の大学が加盟する北東北大学野球連盟の1部に所属。西武の秋山翔吾らを輩出する強豪私立である。吉田の才能を開花させた指揮官のもとに進学するのだと、中泉は言った。

 しかし、甲子園でのブレイクによって吉田の状況が一変することを中泉は危惧していた。

「周りからいろいろ言われますよね。それによって、本人の気持ちは揺れるかもしれない。それが怖い」

 中泉の言う「いろいろ」とは、無論、プロへの誘いである。

◆「悪い大人のちょっかい」

 甲子園での吉田は、投手としての様々な“顔”を見せた。万全のコンディションでマウンドに上がった1、2回戦は、打者によって直球のギアを入れ替え、相手を力でねじ伏せる“剛”の投球術。

 3回戦の横浜戦では、新たな引き出しを開け、それまで投げていなかったスプリットを多投。逆転した直後の9回表、この日の161球目には自己最速に並ぶ150キロのストレートを投げ込むタフネスぶりだった。

 連投となった準々決勝・近江戦や、準決勝・日大三戦では、打たせて取る“柔”の省エネ投法で、アウトを重ねた。強打の日大三打線を7奪三振・1失点に抑えた吉田は、「今日の試合が理想のピッチングでした」と振り返った。

 自身のコンディションや相手打者の能力によって、ギアを上げ下げするクレバーな投球術に加え、バント処理や牽制の巧さもまた、スカウトが「即戦力に近い逸材」と太鼓判を押したくなる理由だろう。

 こうした状況に気を揉んでいるのが、八戸学院大監督の正村である。

「大学進学なら絶対にうちだと思っていますが、100%進学が決まっているわけではないので、不安は残ります。私は信じるしかありません。今後、悪い大人がちょっかいを出すことだってあるでしょう(笑)。イケメンで、人気も期待できるでしょうから」

 吉田というと、MAX150キロの直球に目を奪われがちだが、8つの変化球を投げ、とりわけ左打者の膝元に食い込む縦のスライダーは大きな武器である。

 このスライダーを伝授した人物が正村だ。指導を始めたのは昨年9月20日、金足農業が秋季秋田大会の準々決勝で敗れ、今春の選抜への道が絶たれた直後。34年前の夏の甲子園でベスト4に進出し、PL学園に敗れた当時の監督・嶋崎久美から吉田を紹介された。

「『良い選手がいるから獲った方が良い』と、嶋崎さんに薦められてね。確かにすげえ球を放っていた。ただ、素質を十分に活かした投球フォームには見えなかった」

 以来、正村は八戸から金足まで往復8時間をかけ、何十回と通い詰めて指導にあたった。それほど、吉田の可能性に惚れ込んだということだろう。

「スライダーが全然曲がらなかったんです。その頃のフォームは、アゴが上がり、上から叩きつけるような投げ方をしていた。そこで『頭のてっぺんから尾てい骨までを軸にして、回転させるように』と伝えました。最初はヒジが下がったように感じられ、違和感があったみたいです」

 吉田はスマホで投球フォームを撮影してもらい、微修正を繰り返して正村の指導に沿ったフォームを体得していく。

「ポテンシャルも体力もあって、野球小僧だからどんどんうまくなっていった」と正村は振り返る。

 皮肉にも、金足農業の快進撃によって、関係者の困惑も増していく。1回戦を終えた段階では吉田の進学を明言していた中泉も、口を閉ざしていった。決勝後には、こう語るのみだった。

「進路の話はしないように(学校関係者から)指導を受けているんです。今の段階では何も……」

◆「ご恩は感じています」

 決勝のピッチングをテレビで見届けた正村から、吉田への「よく頑張った、ご苦労さん」との伝言を頼まれていた。試合終了からしばらくして、吉田に伝えると、安堵するような表情を見せた。

「やっぱり、正村監督の指導が僕には大きかったと思います。フォームに力が入らなくなったというか、力感のないフォームになった。スライダーは投げ方から教えていただいて、すごく曲がるようになった。ご恩はすごく感じています」

 そして、こう続けた。

「進路はまだ全く考えられないです」

 甲子園取材では、敗れたチームにドラフト候補がいれば、「進路」について質問するのが常である。大学進学を既に決めている選手ははっきりそれを明言し、「進路に関してはこれから……」「親や監督と相談してから」と言葉を濁す選手は、プロ志望届の提出を決めているか、本当に迷っているかのどちらかである。

 少なくとも、大会が開幕する17日前までは大学進学で固まっていた吉田の胸中に、迷いが生じていることだけは窺えた。秋田に帰った後、憧れの球団として巨人の名を挙げている。

 今大会で「レジェンド始球式」のマウンドに上がったなかに、吉田が尊敬する人物がいた。34年前に金足農業と対戦したPL学園のエース・桑田真澄だ。

 この桑田こそ、大人の思惑が交錯するドラフトによって翻弄されたひとりだろう。早稲田大への進学を公言していた桑田は、1985年ドラフトで巨人の単独1位指名を受けて入団。その結果、密約を疑われ、巨人への入団を切望していた清原和博とも、30年以上が経過しても禍根を残したままである。また、早大にはそれ以降、PL学園出身選手は1人も入部することができなかった。桑田はインタビューで当時をこう振り返っている。

〈どこどこの球団が指名すると言ってるぞ、と言われても、『ありがたいですね』と言うだけで、誰に対しても心の中は見せませんでした。(中略)誰も信じなかった。親父のことでさえ、信じていませんでした〉(「Number」2017年10月26日号)

 吉田は、桑田の始球式を、一塁側ベンチから見守っていた。現役時代と変わらぬ体型を維持し、伸びのある直球を捕手に投げ込んだ桑田の始球式から、吉田は何を感じ取っただろうか。

 恩義か、それとも自身の夢を優先すべきか。どちらにせよ、吉田本人が下した決断が尊重されることを願いたい。

※週刊ポスト2018年9月7日号

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