龍谷大平安 監督がユニフォーム変更を阻止した時の壮絶覚悟

龍谷大平安 監督がユニフォーム変更を阻止した時の壮絶覚悟

龍谷大平安の原田英彦監督(撮影/杉原照夫)

 春1回、夏3回の甲子園制覇を誇る京都の名門・龍谷大平安(以下、平安)を率いて26年目の原田英彦の目は赤らんでいた。少年期に憧れ、高校時代に袖を通し、58歳の現在も身に纏う伝統のユニフォームの話題となると、つい感情が込み上げてくる。

「中学生の頃、初めて平安の試合を見た日、純白の生地に、シンプルな『HEIAN』の5文字が鮮烈に飛び込んできました。実際にユニフォームを着た時は、感動のあまり鏡の前で何時間も立っていましたね。ユニフォームは戦闘服。今でも自分で洗濯し、アイロンをかけ、綺麗な折り目をつけて試合に臨みます」

 PL学園が甲子園を席巻した1980年代から、屈強に鍛え上げた肉体を誇示するように、ストレッチの効いたぴったりめのユニフォームを着ることが高校野球の主流となった。

 しかし、平安ナインは大きめのズボンをベルトで絞り、“ニッカーボッカー”のように着こなす「オールドスタイル」にこだわってきた。

「体を、特に下半身を大きく見せるのが目的です。以前の甲子園出場時、ユニフォームをクリーニングに出すと、ズボンが縮んで返って来た。すると、選手が(カッコ良くなったと)喜んでいたんです(笑)。そこで少し細身のズボンを許容したら、2014年の選抜で優勝できました」

 創部100年の2008年、平安は龍谷大の付属校となり、デザイン変更案が浮上。これに原田は断固として反対した。

「帽子のロゴを龍谷大の『R』にするとか、胸に大学名を入れるという噂があり、私は当時の学長に直訴した。“デザインを変えるなら、ユニフォームを抱いて学校の屋上から飛び降ります”と。最終的には、左肩に漢字で『龍谷大学』とできうる最小の刺繍を入れることで落ち着きました」

 ベンチ入りメンバーは、夏の予選と春夏の甲子園だけは胸の文字が刺繍のユニフォームを着る。スタンドで応援する選手は、胸の文字がプリントされたものだ。ユニフォームを差別化し神聖化することで、部員の競争を促すのだ。

「誰もが手にできるものではないからこそ、引き継がれていく伝統がある。着られなくなったユニフォームも、捨てません。すべて保存しておいて、OBが集まった時などにプレゼントすることもある。“メルカリで売るなよ!”と注意しています(笑)」

 平安は昨夏の100回大会で、甲子園100勝を達成した。今年の選抜では、ズボンをもうひと回り細身に変更し、2014年以来の日本一を目指す。

(文中敬称略)

◆取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)

※週刊ポスト2019年4月5日号

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