全球団キャンプ訪問20年の金村義明氏「伝書鳩」時代の収穫

全球団キャンプ訪問20年の金村義明氏「伝書鳩」時代の収穫

かつては“伝書鳩”のようだったと自らを評する金村氏

 

 何度も飛行機に乗り、自らレンタカーを運転し、練習休養日を避けながら球団を巡る──。元プロ野球選手の金村義明氏(55)が引退以来行なっている全球団へのキャンプ行脚が、20年目を迎えた。なぜ、全球団を巡るのか。金村氏が語った。

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 いや、ホンマかないませんわ。花粉の飛んでるこの時期は、くしゃみや鼻水だけじゃありませんからね。顔全体がもうかゆくてかゆくて、花粉症には8年ほど前から悩まされてて。

〈取材会場に姿を見せた金村氏は、濡れたおしぼりで顔を拭きながら話し始めた。〉

 でも、今年もずっと外におりました。沖縄3往復に、宮崎2往復で、全12球団のキャンプを回りましたよ。年のせいで体もキツくなってきましたけど、こればっかりは、行かへんと気持ち悪いというかね。自己満足かもしれないですけど、楽しいですし、何より野球が好きですから。

〈金村氏は、兵庫・報徳学園の「エースで4番」として1981年の夏の甲子園を制し、ドラフト1位で近鉄(当時)に野手として入団。中日、西武と渡り歩いた18年の現役生活では、強打の内野手として活躍した。

 現在は、テレビ、ラジオにレギュラーをもつ人気野球評論家だが、引退後すぐは、スポーツ紙などの専属契約がなく「フリーランス」として活動を始めたという。しかしその下積み期間が、他の評論家とは違う独自のスタイルを築き上げた。〉

 引退した翌年(2000年)から今年まで、20年欠かさず、12球団のキャンプに行ってます。珍しいんとちゃいますか。僕の知ってる限りでは、12球団全部見とったのは江夏豊さん(70)くらいでしたかね。

 引退してから仕事がなかったので、引退挨拶も兼ねて、自腹で全球団回ったのがきっかけです。肩書きがないから、取材に入れてもらうときは「野球人」って書いていた(笑い)。

 やっぱり、現場で直接話を聞かんと、見えてこんものがあるんです。最近は、有料放送とかでキャンプの映像を見られますけど、残念ながら僕はスター選手ではありませんでしたし、指導者経験もありませんから、一目見ただけで「調子がいい、悪い」なんてわかりません。だから、現場で“生の声”を聞かんとわからんのです。

 僕の自慢は、友達が多いこと。18年プロでメシを食ってきて、各球団のコーチ陣や選手、さらに審判にも、現役時代一緒だったやつらがいますからね。そういった連中から、「コイツは調子がエエ」とか、「大化けするで」という“情報”が入ってくるんです。

 だから、僕は選手バスが到着する前に、キャンプ地のグラウンドに行くことが多いですね。おっさんになって早くに目が覚めるいうこともありますけど、そうすると朝早くからいる裏方のスタッフとゆっくり話せるんです。

 評論家としての実績なんて何もないから、初めのうちは伝書鳩でしたよ。取材に行くと、「(別のチームの)××にこう言っといてくれるか」と頼まれ、その球団に行くと今度は「△△にこう伝えといてくれ」って。

 そうしているうちに「金村は全球団見とる」というのが知られるようになって、「あのルーキー見たか? どないやった?」って球団の関係者に聞かれるようにもなりました。

 最近の話やと“守秘義務”があるんで教えられへんけど、ちょっと前では阪神の金本知憲前監督(50)が、大山悠輔(24)をドラフト1位で獲得したとき、指名回避してパ・リーグに入ったピッチャーのことを気にしてましたね。「見た?」って聞かれたから「大したことあらへん。獲らんで正解やったで」と言うときました(笑い)。それから何年か経ったけど、いまだに頭角を現わしてきてませんね。

※週刊ポスト2019年4月5日号

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