甲子園から「怪物」が消えた夏 先発完投のエース不在に

甲子園から「怪物」が消えた夏 先発完投のエース不在に

星稜の奥川恭伸投手のような「先発完投」は珍しい(時事通信フォト)

 背番号「1」を背負ったエースが、9回を投げ抜いて勝利に導く──令和最初の甲子園では、星稜の奥川恭伸こそ3回戦の智弁和歌山戦でタイブレークとなった延長14回まで投げ抜いたが、大会を通じて先発投手が完投するような場面がほとんど見られない。炎天下の大会で投手を酷使する起用法に批判が高まり、「球数制限」に向けた議論も進んでいる。『永遠のPL学園』(小学館文庫)などの著書があるノンフィクションライター・柳川悠二氏が高校野球界に起きた激変の現場をレポートする。

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 8月6日に開幕した第101回全国高等学校野球選手権大会の開会式の入場行進を眺めながら、私は全出場校の戦績や全選手の情報が掲載された『甲子園2019』(朝日新聞出版)を開いていた。そこには、興味深いデータが掲載されていた。全49代表校のうち、地方大会をひとりのエースで投げ抜いた学校は、徳島の鳴門ただ1校だけだったのだ。

 昨年夏の準優勝校・金足農業(秋田)の吉田輝星(北海道日本ハム)のように、地方大会からひとりでマウンドを守り抜くような怪物は見当たらず、どの学校も複数の投手を起用し、投手陣を総動員して甲子園にたどり着いていた。

 岩手・大船渡の國保陽平監督は、「令和の怪物」こと佐々木朗希を起用しなかった岩手大会決勝戦後、こんなことを漏らしていた。

「結局、私が佐々木に続く投手を育てきれなかったということです」

 賛否両論が巻き起こった令和の怪物の登板回避騒動が起こった同じ夏に、先発完投型の投手が甲子園から消えた。高校野球は大きな転換期を迎えているのだ。

 101回目の夏の甲子園では、開幕してからも継投策で勝ち上がる学校が目立った。

 優勝候補だった東海大相模(神奈川)は、6人の投手陣にあって神奈川大会でもっとも投球回数の少なかった遠藤成を甲子園初戦(近江戦)の先発マウンドに送り、3人の継投で勝利。高校四天王の奥川恭伸を擁する星稜ですら、2回戦の立命館宇治(京都)戦では4投手を小刻みにつないで勝ち上がったし、奥川が165球を1人で投げ抜いた智弁和歌山戦の翌日となった準々決勝・仙台育英戦もエースを温存しての2投手の継投で勝利した。。

 ドラフト1位が確実視される奥川のいる星稜でもこうなのだから、今後はプロ野球のように投手の分業制が一般的となり、監督が信頼する投手を起用し続ける「エースと心中」なんぞ、死語となっていくだろう。何より、大船渡・佐々木の地方大会決勝での登板回避を受け、“世間が許さない”という空気が強まっている。

 963──。

 この数字は、鳴門のエース左腕・西野知輝が徳島大会5試合、甲子園2試合で投じた球数だ。敗れた2回戦・仙台育英(宮城)戦の8回裏、西野に代打が送られ、この夏初めてマウンドを譲った。試合後、同校の森脇稔監督は、「なぜひとりで投げさせたのか」という、報道陣の追及にあっていた。

 甲子園が決まってからというもの、繰り返し同じ質問を受けていた森脇監督は、うんざりしたように、こう回答した。

「もう何回も説明しています。もう何回も……。試合展開が、継投を許す状況になかった。徳島大会はくじ運が悪く、厳しいゾーンに入ってしまい、西野に頼らざるを得ない状況でした」

◆50〜60球で交代させる

 投手の酷使を避け、肩やヒジの故障を防ぐことを目的に、日本高等学校野球連盟は2019年4月、有識者会議を発足した。今後は球数や登板間隔の制限の導入を見込んで議論がかわされていく。そうした高校野球の未来を見据え、各校が複数投手の育成に力を入れている。それゆえ、時流に逆行するようにエースに頼った鳴門には、厳しい目が向けられていた。

 全国的に私立が優勢の時代にあって、徳島県は私立が春夏の甲子園にたどり着けていない唯一の県である。森脇監督は複雑な心中を語る。

「継投が現在の主流なのは間違いないでしょう。ただエースがいて、2番手の子が大きく力が落ちれば、試合も終わってしまいますよね。確かに、(9回に2番手として登板した)竹内勇輝(3年)の今日のピッチングは良かった(自己最速を更新する141キロをマークし、無失点に抑えた)。ですが、地方大会前の練習試合の内容であれば、なかなか起用には踏み切れなかった。起用を決めるのは、私であり、選手のプレーを見てきた関係者なんです……。過去、板東湧梧(JR東日本─現・福岡ソフトバンク)がいた時は、今年のようにひとりで投げさせました。その翌年は、3投手の継投で戦いました。選手の巡り合わせによって、投手起用もそれぞれでしょう。今年の仙台育英さんのように、4人の投手が同等にエース級で、力があれば継投も考えられるんでしょうが」

 たしかに、鳴戸が敗れた対戦相手の仙台育英は最先端の「継投策」でこの夏、小さな旋風を巻き起こした。36歳の須江航監督は、長く系列の秀光中等教育学校の軟式野球部で監督を務め、2018年1月に仙台育英の指揮官に就任。独学でアナライズを学び、データと傾向の分析を活かした戦術眼で、須江監督は母校でもある仙台育英を2年連続で夏の甲子園に導いた。

 同校では140キロを超えるふたりの3年生右腕に加え、菊池雄星タイプの左腕・笹倉世凪(せな)と前田健太タイプの伊藤樹というふたりのスーパー1年生投手も躍動した。とりわけ秀光中時代の愛弟子である1年生に対し、須江監督は週に200球という球数制限を設けて管理し、肩やヒジへの負担を考慮しながら、成長を促しつつ試合に起用してきた。

 20対1と大勝した初戦の飯山(長野)戦では笹倉を先発させ、4投手で9回を「3・3・2・1」と分担。鳴門戦では3年生ふたりで6回までしのぎ、笹倉を試合終盤の7回から起用。そのまま試合を終わらせた。

「理想は9イニングを4人の投手で分担しながら、ひとり50球から60球で回していく。捕まったら継投タイミングが早くなることもありますし、(鳴門戦では)7回から登板した笹倉のボールの対応に相手打者が苦しんでいたので、2イニングの予定をもう1イニング投げさせ、伊藤の出番はありませんでした」

 笹倉や伊藤が先発する時は、打者1巡を目安に、2回もしくは3回で降板させる。その後、信頼を置く3年生投手がロングリリーフし、試合を進行させていく。仙台育英の投手起用は、メジャーリーグや北海道日本ハムが導入する、リリーフ投手を先発させ、3回あたりからローテーション投手にロングリリーフさせる「オープナー」のような投手起用に近い。

 準々決勝で星稜に1対17と大敗し、甲子園を去ったが、2投手以外にも1、2年生が多数ベンチ入りしており、新チームこそ、深紅の大優勝旗の白河の関越えが期待されよう。

 ただ、「先発完投エース」がいなくなる変革によって、私立が有利になるかというと、必ずしもそうではなさそうだ。この夏の全国の代表校を見渡して、真っ先に目に付くのは春1回、夏6回の優勝実績のある伝統校・広島商や、熊本工業をはじめとする公立校の復活だった。

 2017年夏の甲子園は49代表校のうちで公立は8校。100回目の記念大会で、56代表校だった2018年夏も同じ8校だった。少子化や野球人口の減少によって、私立に有望選手が集まる傾向が年々、強まっている中で、2019年は公立校が14校にまで増えるという揺り戻しが起きたのだ。

 全国から選手を集めることも可能な強豪私立に対して、名門公立校などは全国的なスカウト活動を展開することこそ難しいものの、地元の公立志向の選手が集まり、多くの選手を抱える部も少なくない。たとえば、広島商業は135人、熊本工業は110人と、全国有数の部員数を誇っていた。

 公立であっても、選手の頭数がそろえられれば、戦い方次第で甲子園に出場することも可能だということを、広島商業と熊本工業の復活は示唆していた。

◆本当のエースは「決勝まで温存」

 高校野球界随一の策士である明徳義塾の馬淵史郎監督も、歴代のチームとは明らかに異色の戦いをこの夏、繰り広げていた。

 高知大会では最も信頼する背番号「11」の左腕・新地智也を決勝まで温存し、決勝までの4試合を他の3投手の継投でしのいだ。

「途中で負けてしまったら、それまでのチームやったということ」

 馬淵監督はそう腹をくくっていた。

 高知中学時代に150キロを記録した1年生の森木大智を擁する決勝・高知戦に、新地を万全の状態でマウンドに上げることで、明徳義塾は甲子園にたどり着いた。数ヶ月も前から、150キロのボールを打つ対策をしてきた。試合前は「試合中に練習より遅いと思えたら勝てる」とうそぶいていたが、打順の組み替えも功を奏し、策士として面目躍如となる決勝だった。

「120キロしか放れなくても、試合には勝てる。高校野球のお手本のような野球ができた」

 甲子園での智弁和歌山との2回戦では、初戦で1イニングしか登板のなかった新地をマウンドに上げた。智弁和歌山の先発も背番号「17」の投手。ひと昔前ならふた桁背番号の投手を見れば、「相手をなめている」と思われて仕方なかったが、現代ではそうした見解を抱く者は皆無だろう。

 智弁和歌山は、MAX149キロのエース右腕・池田陽佑と、小林樹斗というやはり140キロオーバーの2年生投手をブルペンで待機させた。こうしたもっとも信頼を置く投手を後半に起用する戦い方は、春の選抜で準優勝した習志野(千葉)も得意とする策で、主流となりつつある。

 甲子園の戦い方は、大きく変貌を遂げている。

 岩手大会の決勝で大船渡の國保監督は、令和の怪物こと佐々木朗希の登板を回避させた。その是非はともかく、この騒動を機にエースに依存するような采配はより忌避される時代となり、決勝戦から逆算し、複数の投手の継投で勝ち上がって行く采配こそ賞賛される時代となった。

 もはや昨年、金農フィーバーを巻き起こした吉田のように、地方大会から甲子園の決勝まで、ひとりで投げ抜くような怪物は生まれ得ないのかもしれない。

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