ラグビー松尾雄治氏「明大なのに日大に行った」伝説の真相

ラグビー松尾雄治氏「明大なのに日大に行った」伝説の真相

松尾氏が日本ラグビーを語り尽くす(時事通信フォト)

「ミスター・ラグビー」こと松尾雄治氏(65)は、多くの逸話を持っている。本誌・週刊ポストの連載「21世紀毒談」でも明治大学の先輩・ビートたけしが何度もネタにしていた。特に有名なのが、「明大に入ったのに、間違えて日大のグラウンドに行って半年間練習していた」というエピソードだ。松尾氏がそんな学生時代の爆笑秘話と、名将・北島忠治監督から受けた教えについて語った。

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 たけしさんはちょっと“盛って”ますよ。さすがに半年ってことはない。最初に日大のグラウンドに行ったのは本当ですけどね。日大の人たち、「松尾が来た、これでウチも強くなるぞ!」ってぬか喜びしていたなァ。あれは悪いことをしました。

 もうひとつたけしさんが好きなのが、明大ラグビー部の先輩の話。

 先輩から「おい、100%オレンジジュース買ってこい!」と言われて、僕が買いに行かされた。で、どこにも売ってなかったから、仕方なく果汁50%のオレンジジュースを2本買って渡したんです。そしたら先輩、2本を一気に飲んで「よし、これで100%だ!」って(笑い)。

 もう、当時の明大ラグビー部なんて誰もまるで勉強してませんから。ちょうど学生紛争の頃だったこともあって、大学のキャンパスには5〜6回しか行ったことがない。

 試験やレポートでは「ラグビー部・松尾雄治」と名前さえ書ければなんとかなった。それで調子に乗って片っ端からレポート書いてたら、「あなたはこの講義を受講していません」とバンバン返ってきた。もうどの授業受けてるかもわかってなかったんです(笑い)。ラグビー部はみんなこんな感じで卒業していった。

 だけど、明大の北島忠治監督にはラガーマンとして、社会人として、勉強よりもっと大事なことを教わりました。それは、一言で言えば「正義」を貫くこと。

「正々堂々と戦え」「汚いことをして勝っても意味がない」「グラウンドに出たら自分自身がレフリーになれ」「日常生活ではキャプテンになれ」と事あるごとに諭されました。

 ラグビー人生を通して、全力プレーをモットーとしてきましたが、これも北島先生の「相手に失礼がないようにいつも全力を出し切れ」という教えがあったからです。

【プロフィール】まつお・ゆうじ/1954年東京都生まれ。目黒高校、明治大学、新日鉄釜石で活躍。日本ラグビー史上最高のスタンドオフと呼ばれる。明大を初の日本一に導き、1979年からは新日鉄釜石の選手、主将、監督兼選手として社会人選手権、日本選手権7連覇を達成する。

※週刊ポスト2019年11月1日号

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