角居勝彦調教師 忘れ得ぬ馬、ブルーイレヴンの思い出

角居勝彦調教師 忘れ得ぬ馬、ブルーイレヴンの思い出

角居勝彦調教師が忘れられない競走馬とは

 秋競馬本番、目の前のレースに夢中になりながら、過去の名馬について思いをはせるのにも似あう季節だ。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、武豊騎手から「ぼくには無理」といわれ、GIを一度も走らなかったものの忘れえぬ馬、ブルーイレヴンの思い出について語った。

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 毎日王冠が行なわれる東京競馬場1800メートルは馬の能力が存分に発揮でき、紛れの少ない勝負に持ち込めるので、競走馬の力関係が顕わになります。角居舎でもハットトリックやウオッカなど毎年のように出馬。2014年にはエアソミュールで勝たせてもらっています。

 しかし特に強い印象を放つ馬がいます。ブルーイレヴン。

 ディープインパクト、キングカメハメハ、アパパネ、マカヒキなど日本競馬界の代表的馬主である金子真人オーナーの所有馬でした。厩舎に初の重賞勝利(2002年11月 東スポ2歳S GIII)をもたらしてくれたことももちろん感慨深いのですが、惨敗にまつわる思い出が強烈でした。

 9月の新馬戦を勝ってデイリー杯2歳S(GII)で2着。そして東スポ杯勝利と順調に進んだ1か月後のラジオたんぱ杯2歳S、鞍上は武豊騎手。圧倒的1番人気に推されたもののかかり癖が出て直線で内にささり7着でした。

 そして年明け初戦、再び1番人気で臨んだ京成杯(GIII)で大暴走してしまった。2コーナー前から鞍上の指示を無視、大逃げを打っての直線失速、11着惨敗でした。

 それまで12回もリーディングジョッキーになっていた武騎手に「この馬は、ぼくには無理だ」とコメントされました。いわば烙印を押されたのです。当初から暴走グセがあったものの、矯正しきれなかった。調教師としての不備を突かれ、悄然としました。

 これを機に、武騎手に「いい馬だ」といわれるような馬を育てなければ、と強く思うようになった。そういう意味でも、この馬の存在は角居厩舎の原点かもしれません。

 その後3歳時は骨折もあって全休、2004年になっても中山金杯(14着)、中山記念(9着)、大阪杯(9着)、新潟大賞典(7着)など雌伏の時期が続きました。抑えはきくようになったものの、最後に弾けることもない。

 しかし、この馬には不思議なオーラがある。暴走グセさえ正せば必ず好走できる。気持ちを込めて調教に勤しみました。

 そして吉田稔騎手の手綱で臨んだ5月末の金鯱賞(中京 芝2000メートル)。道中後方で折り合って直線でギアがあがり、前年にJCを勝ったタップダンスシチーを外側から凄まじい末脚で追い詰め、アタマ差の2着でした(しかもコースレコード!)。続く関屋記念(新潟 1600メートル)も好位でガマンして抜けだし、待望の重賞2勝目。1分32秒3の好タイム、覚醒したかのような勝ちっぷりでした。

 そして迎えた毎日王冠。2番人気、跨がるのは四位洋文騎手。テレグノシス、ローエングリンに敗れたものの3着。もうこの馬は大丈夫だと息を吐きました。

 しかし、直後から長い休養に入り、復帰叶わず引退。GIの舞台を一度も走らせることができませんでした。パドックで感じるふとした秋風に、ブルーイレヴンの面影が重なることがあります。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、馬文化普及、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。

※週刊ポスト2016年10月14・21日号

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