スー女が述懐 白露山と元大関・北天佑の二十山親方のこと

スー女が述懐 白露山と元大関・北天佑の二十山親方のこと

二十山親方と白露山(写真:共同通信社)

 相撲ブームが沸騰している。「謎のスー女」こと尾崎しのぶ氏が、現在相撲コラムを週刊ポストで執筆中。今回は、ロシア出身の白露山と師匠の二十山親方について尾崎氏が綴る。

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 力士の顔の見分けがつかなかったころ、まず覚えたのが白露山だった。丸顔に青い瞳、細く長い脚。とりわけ目立ったのは、ライトブラウンの極小のリボンのような大銀杏。他の力士と見間違うわけがなかった。白露山には面長の、あまり似ていない兄・露鵬がいることを知った。私は手始めに白露山を中心に相関図を描くことにした。

 白露山の師匠は、元大関・北天佑の二十山親方。北天佑の兄弟子は横綱・北の湖。北の湖の土俵入りの際、太刀持ちと露払いを北天佑とともにつとめていたのは闘竜。本名は田中賢二。

 現在立浪部屋にいる世話人・羽黒海の本名が田中憲二で「どうして闘竜の桜餅のようなふんわりとした童顔が、こんなアラビア風に変わってしまったの?」と思ったが、同姓同名の別人であった。しかしせっかく目についたのだからと、羽黒海も紙の隅にひかえておく。

 白露山と同門で偶然にも髪の薄い北桜。北桜の弟の豊桜。ジョージア出身の黒海が幼いころ、学校教育はロシア語でされていた。ジョージア人力士は黒海より六歳下の栃ノ心と臥牙丸がいる。

 二人はロシア語での教育がされなくなってから(ソビエトから独立後)の世代。ロシアとジョージアは複雑な関係にあるが、国民同士にはあまり関係がないらしく白露山と露鵬、黒海はロシア語で親交を深めている。露鵬は、朝青龍とロシア語でおしゃべりをすることもあるらしい。

 バーで酒を飲んでいたとき、モスクワに留学していたころはさ、と話している人がいた。私はせがんで「こんにちは。天気がいいですね」や「今日の取組はすばらしかったです」とはロシア語でどう言うのか教えてもらった。万が一、とも思い「わたしはあなたのことが好きです」も教えてもらった。

 わざとなのかわからないが白露山は笑うとウインクしているように見えるから、もしもすれちがうときがあったなら「応援しています」に一言付け加えてみたいと思った。あの青い目のウインクを間近にしてみたかった。

 そのうち、白露山に笑ってほしい、と思うようになった。始めは、ロシア語で話しかけてくれてありがとう、という理由で笑ってほしかったのに、なんとかしてちょっとでもウケたい、と思うようになった。

 白露山の師匠、「北海の白熊」と呼ばれた人気大関であった北天佑、二十山親方は、二〇〇六年三月場所の最中、体調がおかしいと感じ病院に行ったところ、腎臓ガンが発覚した。しかもあちこちに転移していた。もちろん緊急入院となったのだが、その場所、白露山は相当の家賃の高さだった(番付が高かった)前頭十二枚目で、九勝と大きく勝ち越している。

 この場所で白露山は膝の故障が癒えていなかったのだが、自分の白星こそがガンの進行から親方を守る方法だと思っていたのではないか、と私は思う。

 続く五月場所、十勝五敗。この場所の前頭八枚目はこの時点で自己最高位であり、翌場所では幕内上位、三役目前まで番付が上がる。しかし白露山は、しゃがむことすら容易にはできなくなっていた。蹲踞の姿勢もゆがんでしまう。取組中前傾になって力をこめると、左膝に激痛が走る。

 でもそんな小さなことを気にしてはいられない。僕が勝ち続けて三役に上がるころには、親方は稽古場に戻っているんだもの。九月……せめて十一月場所には三役に上がっていなければ、せっかく元気になった親方が指導のしがいがないよね。翌七月場所。東前頭二枚目。

「ここからが大変なんだぞ。横綱、大関、上位陣全員とあたるんだから」

 かつて自らが三役・大関へと駆け上がった経験からアドバイスをくれるはずの親方、自己最高位でむかえる晴れがましい七月場所を誰よりもよろこんでくれる親方──。入院からわずか三か月、七月場所での白露山の勇姿を見ることもなく、六月二十三日、四十五歳の若さで二十山親方は逝った。(この項続く)

※週刊ポスト2017年6月23日号

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