野村克也さん、大山倍達さん、三原脩さんら「勝負師」の言葉

野村克也さん、大山倍達さん、三原脩さんら「勝負師」の言葉

野村克也氏は数々の名言を残した

 勝てば官軍、負ければ賊軍。スポーツの世界では、そこまでどれだけ努力しようとも、どれだけ試合の内容が良かろうとも、勝利という結果で終わらなければ正しく評価されない。その厳しい世界を生き抜いた勝負師たちの言葉を紹介する。

■勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。
『野村克也 100の言葉』(野村克也著、宝島社、2016年)
・野村克也(プロ野球監督)1935〜2020

 巨星墜つ。84歳でこの世を去った野村は、セ・リーグの“お荷物”と呼ばれた弱小球団ヤクルトを4度の優勝に導く名伯楽であった。データ重視の「ID野球」を掲げ、緻密な分析による勝利にこだわった。この言葉は肥前国平戸藩主・松浦清が遺した言葉だ。「勝ちは理にかなわないこともあるが、負ける時というのは必ず敗因があって、負けるべくして負けている」という意味で、野村はこれを座右の銘としていた。

 一度は戦力外とされた選手を再起させる手腕から「野村再生工場」とも呼ばれ、多くの野球人に愛された。野村は監督の仕事を「見つける・生かす・育てる」ことだと断言した。その足跡はこれからも生き続ける。

■苦しさにぶつかり、それを突破して行くところに、男の価値がある
『マス大山の正拳一撃』(大山倍達著、市井社、1994年)
・大山倍達(空手家)1923〜1994

 極真会館を設立し、数多くの門弟を輩出した空手界の大家・大山倍達。日本古来の武道文化を後世に伝えようとした大山は、進路に悩む若者から相談を受けた際、一切甘やかすことなくこう厳しく応じたという。

 それは大山が、「困難を前にした時、まず逃げ道を探す者は他の世界に行っても何も残せない」と考えていたからである。

■勝負は実力5、運3、調子2の割合である
『西鉄ライオンズ最強の哲学』(中西太著、ベースボール・マガジン社新書、2007年)
・三原脩(プロ野球監督)1911〜1984

 弱小チームだった西鉄ライオンズや大洋ホエールズを日本一に育て上げ、「球界の魔術師」「知将」と評された稀代の名監督・三原脩。

 三原のマネジメントにおける基本的な考え方は“超合理主義者”でありながら、運やツキも重視した。その原点には、ビルマ戦線で自ら前線行きを志願した過去がある。後方の留守師団が全滅するなか死地をくぐり抜けた三原だからこそ、こと「勝負」において、人知を超えたものの存在を否定しなかったのである。

■僕はただ勝つだけでは気に食わない
「AFCチャンピオンズリーグ2008決勝アデレード・ユナイテッド戦後 西野朗監督会見」(下薗昌記、スポーツナビ、2008年)
・西野朗(サッカー監督)1955〜

 日本代表監督として2018年W杯を率いた名将の原点は、ガンバ大阪を“超攻撃的チーム”に進化させたことにある。

 これは「AFCチャンピオンズリーグ2008」決勝を最後まで攻め続けて勝ち切った選手を讃えた言葉だ。魅せる試合にこだわる西野だからこそ、W杯で“時間稼ぎ”と批判も受けた「パス回し」を指示してまで決勝トーナメント進出に賭けた選択に胸が熱くなる。

■人には変則。自分には基本。
『杉原輝雄 ゴルフ上達100の言葉』(杉原輝雄著、日本経済新聞出版社、2010年)
・杉原輝雄(プロゴルファー)1937〜2011

 身長162cmの小さな体躯から繰り出される個性的な五角形スイング。それゆえ杉原のゴルフは世間から「変則」だと言われ続けた。

 しかし、「自分の体力や癖にあったものが基本」だと考える杉原は、膨大な練習を積むことで独自のスタイルを確立した。経験からくる自身の直感「第一感」を是とし、“グリーン上の勝負師”と呼ばれる勘を養った。

※週刊ポスト2020年2月28日・3月6日号

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