角居勝彦調教師「勝ち負けは馬の能力だけではない」

角居勝彦調教師「勝ち負けは馬の能力だけではない」

調教師・角居勝彦氏が解説

 競馬予想のファクターのひとつに「展開」がある。どの馬が逃げるのか、ペースはどうか、差しは届くのか。そして勝つためには何をすればいいのか。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、勝ち負けを左右する「展開」の妙について解説する。

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 少し遡りますが、今年のダービーほど「展開」を痛感させられたレースはなかったのではないでしょうか。

 レイデオロの勝ち時計は2分26秒9。前の週に行なわれたオークス(2分24秒1)よりも2.8秒、また同日ということなら8Rの1000万条件青嵐賞の勝ち馬(2分23秒8)よりも3秒以上も遅い。前日同舞台同距離で行なわれた3歳500万下も2分26秒3が勝ち時計です。

 だからといって、レイデオロの能力が劣っているというわけではない。上がりの33.8秒はオークスや青嵐賞よりも速く、レースのレベルも決して低くない。強いダービー馬です。

 競馬は陸上競技のようにタイムを出すことが目的ではありません。最終的に走る距離は同じ。どこをどういうペースで走るか。各馬の思惑が、独特の「展開」を作り出します。展開を左右するのは逃げ馬です。

 ダービーではスタートして、2枠3番のマイスタイル(横山典騎手)が、その名のとおり主導権を奪った。しかし2400メートルをグイグイと逃げるわけではなく、むしろペースを落として前々で競馬をしたい。他の馬も折り合いを重視しつつ、マイスタイルのペースに合わせる。そこで超スローペースの展開ができあがった。

 1000メートル通過が1分3秒2! すると向こう正面で後方5番手にいたレイデオロ(C・ルメール騎手)が突然スピードを上げました。すごい勢いで上がったから、他の鞍上は「これでペースが速くなるぞ。焦りは禁物だ」と思ったはず。「我慢できなくなったか」とほくそ笑んだ騎手もいたかもしれません。モニターを見ていた私も「掛かったから、仕方なく上がったのかな」と思ったぐらいです。

 そういうわけで、他の馬は動かなかった。いや、動けなかった。しかしレイデオロはマイスタイルを抜かずに2番手に付け、またピタリと折り合った。普通あの勢いで上がっていくと、一気に先頭まで出て行ってしまうものです。デビューから乗っているルメール騎手には、再び折り合いを付けられる自信があったのでしょう。そして、藤沢和雄厩舎ではそういう調教をしていたのだと思います。

 レース後、他の馬の調教師が「なんであのとき一緒に動かなかったんだ」と怒っていたそうです。タラレバの話は無意味ですが、あそこでルメールに追随する馬がいたら、また展開は変わっていたはずでしょう。

 ルメールの判断には舌を巻きます。

 マイスタイル(4着)の戦略はピタリ。もっとも短い距離を自分のペースで走り、粘り込みました。ルメールは逃げ馬の意図を見抜き、おそらく考える暇もなく動いたのでしょう。そこで2番手に付けたのは、想定内なのか、他の追随がないと見るや瞬時に決めたのか―凡人にはうかがい知れない天才の感性が存分に発揮されたレースでした。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。今年は13週連続勝利の日本記録を達成した。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。『競馬感性の法則』(小学館新書)が好評発売中。

※週刊ポスト2017年7月7日号

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