蒼国来が牽引 看板猫で話題の荒汐部屋がアツい

蒼国来が牽引 看板猫で話題の荒汐部屋がアツい

蒼国来が所属する荒汐部屋の魅力は(写真:共同通信社)

 相撲ブームが沸騰している。「謎のスー女」こと尾崎しのぶ氏が、現在相撲コラムを週刊ポストで執筆中。今回は、元小結・大豊の荒汐部屋の力士たちについて尾崎氏が綴る。

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 二〇一三年七月場所。八百長に関与したとして協会から解雇されたのは不当である、と法廷で争っていた蒼国来が、二年かかって解雇無効の判決を勝ち取り、処分前の順席に基づいた西前頭十五枚目に復帰した。

 その場所後の相撲ファンの食事会で私は、幕下で全勝優勝した荒汐部屋の剛士には以前から目を付けていたのだ、と自慢したく「蒼国来が戻ってこられた影響でしょうかね、下の子達もめちゃくちゃパワフルですよ!」と胸を張った。くわしいね、と言われ「あの子は小結の若葉山の孫なんですよ」と調子にのった。

 すると、北の富士と同じ歳(一九四二年生まれ)の大先輩に「若葉山、懐かしい!  双葉のとこの、足が器用だった人だ、けっこう好きだったな」と微笑まれた。伸ばした鼻がポキリと折れたが恥ずかしくはなく、むしろ気持ちがよかった。一幕下力士の話から始まったのに、伝説の双葉山が少し身近に感じられたから。

 力山という力士を名鑑で見て、東京都中央区出身とは優雅だな、と思っていたら、荒汐親方の息子さんだった。そして蒼国来。ブヨブヨと無駄な肉のついた力士がいないことが、この部屋の特徴に見えた。

 元小結・大豊の荒汐親方は現役時代、師匠の時津風親方(大関・豊山)から「腹の出方だけは横綱級だな」とからかわれていたが、経験から、体重と相撲の強さは必ずしも比例しないと思っておられるのかもしれない。ビッチリと筋肉のついた剛士には、同じく筋肉質ではあるが一周り細い兄、大波がいる。果敢な相撲を幕下で続ける二人の出世争いを楽しみにしていた。

 そこにこの度、三男が東洋大学から入門。毛利元就の「三本の矢」の息子達に由来して、長男若隆元、次男若元春、三男若隆景と改名した。若隆景は三段目付け出しデビューの五月場所、七戦全勝で優勝。荒汐親方は若隆景を「相撲のセンスは三兄弟で一番かもしれない」と言う。若隆景を発奮材料として二人もがんばれ、ということであろう。たのもしいわ、と目を細めた直後、何か忘れてはいないか? と自問する。

 荒汐部屋といえば、すでに幕下五枚目を経験した福轟力(ふくごうりき)や、本名でジャスパーケネスと呼ぶと楽しい気分になれる荒篤山(こうとくざん)など、有望な兄弟子達がいるではないか。若隆景には彼らを追い抜いてしまいそうな勢いがある。「ええい!  早くみんな十両に上がってよ!」と叫びたくなる。

 荒汐親方が定年退職となるまでの三年の時間は、愛弟子達の活躍次第で長くも短くも感じられるだろう。少数精鋭の荒汐部屋では「付け人が足りなくて大変だ!」とあわてふためく事態になる。困りつつ、小さな顔をうれしさにクシャクシャにする荒汐親方を見たい。写真集も発行され角界を超えて有名になっている猫・モル君の手も、この場合は役に立たない。

 日本橋浜町の荒汐部屋から十両になったイケメン三兄弟が歩いて国技館に向かう時、すれちがうすべての女性が振り返るだろう。しかしその後にあらわれる前頭の福轟力や荒篤山に「美形だけが魅力じゃないわね」とうなずく。それが私の望む隅田川越えである。

 荒汐部屋の力士は、気持ちが続かなくなった、という理由で相撲をあきらめることはないだろう。身体を使う職業として二十七歳から二十九歳の、男盛りの二年間を奪われた蒼国来の裁判は過酷なものであったはず。それを近くで見ていたなら、心の限度のレベルは他とはちがっている。

※週刊ポスト2017年7月14日号

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