大相撲名場面、宇良のムーンウォークと式守勘太夫の反射神経

大相撲名場面、宇良のムーンウォークと式守勘太夫の反射神経

期待力士・宇良の秘技に相撲好き女子も脱帽

 相撲ブームが沸騰している。「謎のスー女」こと尾崎しのぶ氏が、現在相撲コラムを週刊ポストで執筆中。今回は、華麗な技の数々で相撲ファンを魅了する宇良と、行事の式守勘太夫について尾崎氏が綴る。

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 稀勢の里と鶴竜の二横綱、大関照ノ富士の休場で盛り上がりを失くしかけていた七月場所。プレゼントがボンと降ってきた。中日八日目、前頭四枚目の宇良と白鵬の対戦である。

 立ち合いで変化したのは、意外にも白鵬の方だった。宇良の顔に右手をかざし、左へと回り込む。もぐろうとする宇良だが、白鵬は押し返す。左手を抱え込まれ右を差され、宇良は宙を舞った。私は大拍手をした。宇良の日々の活躍が、これはどうなるかわからんぞ、と思わせたのだから(一勝ずつが大相撲史を塗り変え続ける白鵬だ。小兵中の小兵・宇良への変化が相撲ファンをがっかりさせるとわかりきっているのに、それを選んだ白鵬の覚悟。どのように、どのくらい立派なのかを計る定規がもう存在しない)。

 そして九日目、日馬富士の右腕を手繰り寄せ、とったりで初金星。スピードが身上の日馬富士に「速くてついて行けなかった。そろそろ時代が変わる時かも」と言わしめた。

 勢いそのままに翌日は大関高安戦。小手投げにいったかと思いきや、回り込んで腕をつかむ。次から次へと技を繰り出す宇良に高安はたじたじ。一瞬距離が開くと、宇良はムーンウォークのようになめらかに後ろに下がり、俵を蹴った反動で高安に体当たり。そしてもう一度ムーンウォーク。

 相手に押し込まれ土俵際に追い詰められたものの屈せず、という相撲はたまに見るが……自ら後退し、俵をスターティングブロックとして利用する力士がこれまでいたのだろうか? 宇良のムーンウォークパフォーマンスには、もう一人の出演者がいた。取組を裁いていた行司、式守勘太夫である。

 直径四・五五メートルの土俵の中央よりはるか向こう(私の目には三メートル以上先)で尻を見せていた宇良が後ろ向きに、しかも自分が立っているその場所に半秒後にすべってくることを察知、そして踊るようにスライド。私は「なんたる反射神経!」と叫んでしまう。そして二度目がさらに凄かった。勘太夫は高い横っ飛びをし、宇良に場所を開けた。宇良の二度の奇襲は、裁く行司が勘太夫でなければ実現しなかった。

 絶体絶命の高安の打った首投げに負けてしまったが、九十九パーセント宇良の相撲であった。レスリング経験ののぞくアクロバティックさはこれまで知ってはいたが、この高安戦は宇良物語のハイライトの一つになるだろう。宇良ここにあり、と印象づけた一番ではあったのだが、右ひざを痛めてしまった。

 しかし宇良は休場しなかった。勝ち越しの可能性が残されている六勝が、あだになっていたと思われる。白鵬を苦戦させたこと、日馬富士から金星を得ていること、そして高安戦での大ハッスル。それらを無駄にしたくない、との気持ちもあったのでは。五連敗の後、千秋楽に勝って七勝八敗で名古屋場所を終えた宇良は、夏巡業に参加せず治療に専念している。

 七月場所での七勝をもったいないと思わずに、思い切って九月場所も休場してはどうか。九月場所は半枚落ちの西四枚目であろうから、全休しても翌場所は幕内にいられる。膝が完治しないまま上位ではげしい相撲を取るのであれば、未来に影響する傷になりかねない。私は目先の宇良より、大関、横綱となり今後長く活躍する宇良がほしい。

 立行司の式守伊之助は、結びとその前の取組を裁く。三役格行司の式守勘太夫は、結びから数えて三番目と四番目の取組を担当している。

 宇良のスピード感が存分に活きるのは、勘太夫に裁かれる時だ。結びの一番にはもちろん価値があろうが三番目、四番目で取ってほしい。某行司のように力士と衝突し相撲の邪魔になることは、勘太夫はない。動きを先読みしピョンとポジション変えをして、宇良が大暴れできる舞台を用意してくれる。

 もしも九月場所に宇良がいなかったとしても、五時半にバックダンサー勘太夫を従えた宇良のすさまじい相撲がよみがえる日を想像すると、さほどさみしくなくなってくる。

※週刊ポスト2017年9月1日号

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