1980年代の巨人投手陣を牽引した江川卓と西本聖の凄さ

1980年代の巨人投手陣を牽引した江川卓と西本聖の凄さ

1980年の巨人投手陣を牽引した江川卓(左)と西本聖の両エース(時事通信フォト)

 緊急事態宣言の全国的な解除を受け、2020年のプロ野球の開幕が6月19日に決定した。2020年代のプロ野球の幕開けであり、令和になってから最初の開幕となる。

 1950年の2リーグ分裂後、プロ野球界を引っ張ってきたのは読売ジャイアンツだった。年代別の優勝回数を見てみると、1950年代は8回、1960年代は7回、1970年代は6回、セ・リーグを制覇している。1955年から5連覇、1965年から9連覇を成し遂げ、巨人は「球界の盟主」と呼ばれてきた。

 1965年にドラフト会議が始まり、各球団の戦力が徐々に均衡。長嶋茂雄が引退し、V9戦士に衰えも見え始めた1975年、巨人は球団初の最下位に転落した。1980年にはミスター・ジャイアンツの長嶋監督が退任し、世界のホームラン王である王貞治も引退。V9のイメージが色濃く残るプレッシャーの中、1980年代のチームを牽引したのは江川卓と西本聖の両投手だった。

 1974年オフにドラフト外で松山商業から入団した西本は3年目の1977年に8勝4セーブを挙げ、頭角を現す。翌年オフ、江川卓が『空白の1日』を利用して巨人への入団を試みるが、ドラフト会議で阪神が1位指名。金子鋭コミッショナーの『強い要望』が出され、1979年1月31日に江川は小林繁との交換トレードで、阪神から巨人へ。開幕から約2か月の謹慎を経て6月2日にデビューして9勝を挙げる。

 西本はこの年に初めて規定投球回数に達し、リーグ2位の防御率2.76をマーク。3位は2.80の江川だった。野球担当記者が述懐する。

「オフに地獄の伊東キャンプが行なわれ、2人とも長嶋監督に鍛えられた。1980年からの8年間、江川と西本が交互に開幕投手を務めており、1980年代の巨人投手陣は2人を軸に回っていた」(以下同)

 1980年から6年連続で江川と西本の2人が2ケタ勝利を挙げている(※江川は1987年まで8年連続)。1981年は江川20勝、西本18勝で、チームの73勝の半分以上である38勝を記録。この年、チームの投球回数の4割以上を2人で占め、巨人はV9の1973年以来、8年ぶりの日本一に輝いた。

「ドラフト外の西本は、入団当初は同期で1位の定岡正二にライバル心を燃やした。先発の一角に食い込んで定岡を抜いたと認められた頃に、江川が入団した。西本はエリートコースを歩んできた投手に対して、反骨心をむき出しにして、自分を高めていくタイプの投手でした」

 西本はシーズンでは江川の勝ち星を上回ることはできなかったが、日本シリーズでは1981年に2勝(2完投1完封)でMVP、1983年も2勝(2完投1完封)で敢闘賞を受賞。江川が開幕投手を務めた年は3位、2位、3位、2位に終わったが、西本が開幕投手を努めた年は優勝、優勝、3位、優勝という結果に。プロ野球ファンの間では、江川は勝負弱く、西本は勝負強いというイメージも出来上がった。

 巨人が江川と西本を擁した1980年代、広島は“投手王国”と呼ばれ、北別府学、大野豊、川口和久、山根和夫などの好投手がいた。この10年間で、北別府は137勝を挙げており、両リーグを通じて勝ち星トップ(2位は江川と西本の126勝)。2ケタ勝利の回数は北別府9回、大野、川口5回、山根4回だった。ただし、チーム内の2人で30勝以上を挙げたのは1982年の北別府20勝、津田恒美11勝、1986年の北別府18勝、川口12勝(金石昭人も12勝)の2年に留まっている。

「チーム内に確実に勝ち星を計算できる投手が2人以上、長年にわたって存在することはほとんどない。だが、江川と西本は1980年から5年連続で、2人で30勝以上を挙げている。しかも、1980年の西本の14勝を除いて、全て15勝以上。

 当時はV9や昭和30年代の野球と比較されて、そこまで評価されなかった印象があります。1988年まで元号は昭和でしたし、まだまだ昔の野球のほうが凄かったという認識があり、先発は毎試合完投、シーズン20勝して初めてエースという風潮もあった。特に江川はアマチュア時代の実績や入団経緯もあったため、400勝投手の金田正一やシーズン42勝の記録を持つ稲尾和久などを引き合いに出され、損をしている面もあると思います」

 現役選手で、昨シーズンまで連続2ケタ勝利を挙げているのは千賀滉大(ソフトバンク)の4年が最長。続いて、菅野智之(巨人)と大瀬良大地(広島)の3年になる。一昨年まで6年連続2ケタ勝利の則本昂大(楽天)も、昨年は5勝に留まった。

「則本の6年連続のうち、15勝は2回です。現在メジャーで活躍している選手のNPB時代の連続2ケタ勝利を見ると、日本ハムのダルビッシュ有は6年(15勝以上4回)、楽天の田中将大は5年(15勝以上3回)、広島の前田健太は6年(15勝3回)、日本ハムの大谷翔平は3年(15勝1回)、西武の菊池雄星は3年(15勝以上1回)です。大谷と菊池を除いた3人はメジャーでも2ケタ勝っていますし、日本にいれば記録をもっと伸ばしたでしょう。こうして振り返ると、今のメジャー投手と同じくらい、江川と西本は凄かった。その2人が同じチームにいたことが奇跡でした」

 エースが2人いたことで、1980年代の巨人は安定した強さを見せた。10年間で優勝4回はリーグ最多。全ての年でAクラスだった。2リーグ分裂後、巨人が1度もBクラスに落ちなかったのは1950年代と1980年代だけ。時代の狭間で、切磋琢磨した江川卓と西本聖はジャイアンツの歴史に名を残した。2020年代、巨人に2人のようなライバル関係で競り合う投手は出てくるか。

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