【DeNA】ありがとう加賀繁…”マッチョサイドハンド"を俺達は忘れない

【DeNA】ありがとう加賀繁…”マッチョサイドハンド"を俺達は忘れない

加賀繁

☆暗黒時代を知る男

 2009年いわゆるベイスターズ暗黒時代の真っ只中に、住友金属鹿島からドラフト2位で入団した加賀繁。ルーキーイヤーは開幕当初こそ中継ぎだったが、チームの投手事情からすぐに先発転向。サイドスローからキレのあるスライダーを武器に、投球回145で防御率3.66と健闘したが、勝敗は3勝12敗。「ムエンゴの加賀」と不本意な呼び名が定着してしまった。

 その後も先発、中継ぎと、その年の状況に応じ、よく言えばフレキシブルに、悪く言えば便利屋的な起用で、チームに貢献し続けた。2012年には自己最多の61試合に登板し、オフには日本代表入りを果たすなど大活躍を見せた。しかし、その代償からか故障に悩まされ、「楽しかった思い出よりも、怪我でリハビリに取り組んで苦しんだ事の方が記憶に残っている」と本人も語っている。それほどまでも低迷するチームを、献身的に支えてくれた投手だった。

☆外国人スラッガーキラー

 加賀といえば外国人の右バッターに無類の強さを誇った。中でもバレンティンには2017年に2ベースを打たれるまでは20打席ノーヒットと完璧に抑えこみ、初ヒットになったボールをバレンティンが欲しがるポーズを、覚えてるファンも多いだろう。サイドスローからのスライダーの軌道は独特で、外国人強打者のバットはクルクル回った。欲を言えば全盛期に、メジャーで投げる姿を見てみたかったものだ。

☆クールな仕事人

 少しガニ股で、ひょこひょことリリーフカーからマウンドへ向かい、しっかり仕事を終えベンチに戻ってくる際の、飄々とした表情がクールだった。また、加賀の名前からレディガガで登場してくるユニークさも兼ね備えていた人気者の、ユニフォームに隠された肉体は筋骨隆々の「痩せマッチョ」。様々なエピソードを持つベテランは、特にオールドファンを中心に思い入れのある「記憶に残る」プレイヤー。あの「魔法のような外の出し入れ」はもう見られないと思うと、センチメンタルな気持ちになってくる。しかし、引退は誰にでもやってくる現実。最後に心から伝えたい「ベイスターズ一筋、9年間ありがとうございました!お疲れ様でした!」

取材・文 ・ 写真/ 萩原孝弘

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