栃ノ心が入る可能性も?大相撲・大関の通算在位場所数ワースト3

栃ノ心が入る可能性も?大相撲・大関の通算在位場所数ワースト3

栃ノ心

 大相撲の世界において、横綱に次ぐ地位・番付である大関。昇進前は「三役で直近3場所33勝」(あくまで目安)、そして昇進後は「2場所負け越しで関脇に陥落」と、その在位にはいずれも厳しい条件が課されている。

 間近に迫った3月場所(大阪・エディオンアリーナ大阪)では、栃ノ心がその座を失う可能性もある大関。そんな大関たちの中で、最も在位が短かった力士は一体誰なのか。今回は年6場所制定着以降に誕生した大関を対象に、通算在位場所数のワースト3を順に見ていこう。

■3位:雅山(8場所/2000年7月場所〜2001年9月場所)
 1998年7月場所のデビューから4場所連続優勝で新入幕を果たし、その勢いのまま2000年7月場所に新大関となった雅山。しかし、左足の怪我などもあり、実力を発揮できないまま関脇へ陥落。その後は2006年7月場所(3場所34勝)、9月場所(3場所33勝)で昇進目安をクリアしたが、審判部の判断により再昇進は叶わなかった。

■2位:7代目増位山(7場所/1980年3月場所〜1981年3月場所)
 父である5代目増位山(元大関)から、そのしこ名を受け継いだ7代目増位山。1980年1月場所後の大関昇進は、史上初となる親子大関の実現でもあった。ただ、ひじの怪我の影響で昇進後は振るわず、新大関場所からちょうど1年後の1981年3月場所で現役を退いている。

■1位:大受(5場所/1973年9月場所〜1974年5月場所)
 直前3場所で「10勝→11勝→13勝」と星を積み重ね、晴れて大関の座を手にした大受。しかし、新大関として迎えた1973年9月場所でいきなりカド番となると、1974年3月場所でも再びカド番に。その後5月場所14日目に北の湖(元横綱・当時大関)に8敗目を喫したことで、わずか1年足らずで関脇に陥落することとなってしまった。

 以上が、大関通算在位数ワースト3の力士たち。なお、現役大関である栃ノ心は3月場所を含め通算5場所の在位となっているが、もし関脇に陥落すると大受と並びワースト1位となってしまうことにもなる。

文 / 柴田雅人

関連記事(外部サイト)