長嶋一茂「生きているうちに父と会うことは、もう二度とないだろう」父子断絶13年の真実
2021年12月26日 19時00分日刊大衆

長嶋一茂
〈父とは、もう13年会っていない。(中略)生きているうちに父と会うことは、もう二度とないだろう〉(『GOTHE』1月号 2021年11月25日発売)
タレントの長嶋一茂が、月刊誌で連載中のエッセイに記した一文が、波紋を呼んでいる。
「以前から報じられてきた、実父、長嶋茂雄との絶縁状態を自ら認めた形です。ただ“13年も会っていない”という告白には驚きました」(スポーツ紙記者)
プロ野球を牽引してきた国民的スター、長嶋茂雄。その長男として生を受けた一茂は、父と同じく球界へと進み、引退後は芸能界へと転身した。
なぜ、この“国民的親子”の間に、埋められない溝が生まれてしまったのか。ミスターをよく知るベテラン記者は、こう証言する。
「いくつか理由はあります。大きかったのが、08年、ミスターに届いた北京五輪野球日本代表の監督就任依頼を、一茂が自身の判断で断った一件です。ミスターとしてはアテネ五輪の代表監督を脳梗塞で断念しただけに、リベンジに燃えていた。しかし、父親の体調を憂慮した一茂が、“家族の意向”として辞退した。ミスターはそれを相当、残念がっていました」
ただ、この件はミスターを思うがゆえの判断であり、両者の間に一定の信頼関係は保たれていたという。
しかし翌年、親子の断絶を決定づける事件が起きる。
「一茂が風水師の助言で、長嶋家の地下室に眠っていたトロフィーや写真といったミスターゆかりの品々を、コレクターに売却していたと、『週刊ポスト』が報じたんです。聞いていなかったものまで売られたと書かれており、妹の三奈さんは激怒。脳梗塞後、父の身の回りの世話は彼女が一手に担っていたこともあって、信頼する娘側についた、ということでしょう」(前同)
この続きは現在発売中の『週刊大衆』1月10・17日号で。
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