アスリートが引退後に選ぶ道〜女子7人制ラグビー選手・寺田明日香の場合

女子7人制ラグビー日本代表候補の寺田明日香選手が、黒木瞳がパーソナリティの番組「あさナビ」(ニッポン放送)に出演。陸上競技を引退して女子ラグビー選手になるまで。アスリートとしての苦悩を語った。

黒木)寺田さんは小学生のときに、陸上100メートル走で、全国2位。まわりの先生たち、びっくりしたのでは?

寺田)びっくりしていました(笑)。

黒木)いきなり全国2位ですものね。それからハードル走に変わられて。高校3年生のときのインターハイではリレーでも優勝。スゴいですね。社会人1年目で、日本選手権で100メートルハードル走で初優勝して、それから輝かしいメダルをたくさん獲得しています。
引退は、「アスリートとしてこれ以上行けない」とか「限界を感じた」とか、「自分で納得した」とか、いろいろありますが、寺田さんの場合はどうでした?

寺田)私の場合、ケガが多くなってしまって。その後に貧血や疲労骨折、少し摂食障害にもなってしまって。悪いものがずっと続いてグルグル回って……どれから治したらいいのか分からなかったんです。ずっと自分のなかにため込んでしまいました。

黒木)コーチとか、チームメイトは?

寺田)コーチにも相談しましたが、やはり難しいところがいろいろあって。結局、自分のなかでため込んでしまって。気付いたときには、大好きだった陸上が、トラックを見たくないとまで思うようになってしまった。「こんな気持ちじゃ続けられないな」と思って。目標にしていた記録があったのですが、それに到達しなければ私はやっていけないと思い、挑んだ引退の年でしたが、そこへは全然届かなかったので、「厳しいな」と思って、コーチに辞めることを伝えました。

黒木)でも、まだ23歳でお辞めになったのなら、まだイケる年ですよね?

寺田)そうですね。ピークになる年が26〜28くらいです。もちろん若い選手もたくさん出てきてはいますけど、周りに比べると、ちょっと早い引退だったかなと思います。

黒木)でも、決断したのですね。

寺田)はい。そこからは私、切り替えてしまって。アスリートじゃない生き方を探して大学進学を決めたし、結婚もして。私は北海道出身ですが、すぐに東京に出ました。もうアスリート時代にできなかったいろいろなことを、パーッと一気にやりました。

黒木)どうでした?

寺田)1番最初に思ったのは、「アスリートって、けっこう守られている存在だな」と思いました。

黒木)「トラックも見たくない」とか、いろいろな思いで決断なされたと思いますが、社会に出てみたら、また厳しい世界が待っていた?

寺田)そうですね。でも、楽しかったです。大学も選手時代は行けなかったので新しい出会いや学びがたくさんあったいい経験だったと思います。

黒木)そういう経験があったからこそ、ラグビーからのお声があったときに、「もう1度アスリート人生を歩こうかな」と思った?

寺田)そうですね。アスリートでいられる期間はやはり短い。人生のなかで数分の1なので、期間の限られていることはいまやるしかないと思いました。

寺田明日香/女子7人制ラグビー選手
1990年生まれ。北海道札幌市出身。28歳。
小学4年で陸上競技を始め、5年・6年の時、全国小学生陸上で100mで全国2位に。
2005年から陸上・ハードルをはじめ、女子ハードル100mでインターハイ3連覇!
高校3年時のインターハイでは100m、4x100mリレーでも優勝。3冠を達成し、大会最優秀選手に選ばれる大活躍をみせた。
2008年、高校卒業後、北海道ハイテクACに所属。社会人1年目で初めて出場した日本選手権で100mハードル初優勝。以降、3連覇を果たした。
2009年には世界陸上・ベルリン大会に出場。アジア選手権では銀メダルを獲得。
2013年、競技生活引退を表明。
2014年3月に一般男性と結婚され、8月に長女を出産。
2016年夏にママさんアスリートとして、7人制ラグビーへの転向を表明し現役復帰。日本代表の練習生として活動し、2020年・東京オリンピック出場を目指している。

ENEOSプレゼンツ あさナビ
FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49

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