里崎智也〜投手を説得するときには、9褒めて気持ちよくさせてから欠点を指摘する

黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に元プロ野球選手・野球解説者の里崎智也が出演。自らのキャッチャー人生について語った。

里崎智也

黒木)今週のゲストは元プロ野球選手・野球解説者の里崎智也さんです。現役時代、千葉ロッテマリーンズでリーグ優勝1回、日本一2回。ワールド・ベースボール・クラシックには2006年に出場し、日本代表のキャッチャーとして世界一に貢献したということですが、キャッチャー時代も、里崎さんはご自分の得意なものを中心に練習していらしたのですか?

里崎)そうですね。すべてにおいて、得意なもので勝負ですね。苦手なものも補わなければいけないのですが、短所は可能性が限られているので、そこに時間を割くくらいなら、無限の可能性がある長所に取り組んだほうが成長しやすいですよね。

黒木)だから、捕手でありながら、たくさん打つことができたのですね。

里崎)打てば試合に出られるだろうと思って、守備のことはどうでもいいから、打つ練習ばかりしました。でも、多くの人には「間違っている」と言われました。

黒木)そうなのですね。

里崎)「キャッチャーは守れてナンボだから、まず守備だろう」と言われたのですが、そんなことを言っていたら試合に出られないので、「やり方は間違っていないです」と言ってやっていたら、ここまで来られたのです。私は、私のやり方で間違っていなかったと思います。

黒木)里崎さんは基本、すごくポジティブですよね。

里崎)本当は心配性なのですが、それを表に出すと動けないので、たぶん、その弱い心を鎧で固めているのです。「ポジティブに生きたほうが楽しい」ということで、進んで行っているのだと思います。それが身につき過ぎて、いまはこんな感じになってしまいましたけれども。

黒木)さまざまなポジションのなかでキャッチャーを選ばれたというのは、キャッチャーが得意だったということですか?

里崎)私が子どものころの時代は、監督に対して「ノー」と言えなかったのです。小学校4年生のときに監督に「キャッチャーをやれ」と言われて、そこからずっとキャッチャーですが、それは自分で選んだわけではありません。ポジションを自分で選んだことは1回もないです。引退のパーティーのときに、その監督さんに、「私の才能を見出して、小学校4年生のときからキャッチャーに任命してくれたのか、人がいなかったから、肩だけ強かったから、たまたまキャッチャーにさせたらこんな感じになっちゃったのか。どっちかわからないですけれど、その選択がよかったです」と言ったら、本人は笑っていましたけれども。

黒木)でも、そのときの監督は素晴らしいですよね。

里崎)結果的にこうなったので、その選択は素晴らしかったと思うのですが、自分からやったわけではないのです。

黒木)キャッチャーは重要なポジションですよね。ピッチャーに指示をして、ピッチャーの方が首を振ることもありますが、お互いの息を合わせないといけないですよね。

里崎)そうですね。結果を出さないと言うことを聞いてくれないので、まずは自分が結果を出すことを最優先にします。結果を出して、発言に説得力を持たせて、言うことを聞いてくれるようにします。何かを直したいときは、最初に9褒めます。9褒めて、最後に1の欠点を指摘します。最初に1の欠点から行くと、相手もわかっているので、特に先輩だと受け付けてくれないのです。だけど、最初に9くらい褒めて、欠点を指摘しても、褒められて気持ちよくなっているので、聞いてくれやすいのです。しかも、「その9を活かすためにこの1をやってください」という言い方をすると、修正して、やってくれます。

黒木)それは試合中ですか?

里崎)終わってからですね。試合以外のときに。試合中は、強制的にやらせます。先輩でも後輩でも。

黒木)なるほどね。重要ですものね。試合を動かしているのがキャッチャーみたいなものではないですか。

里崎)だから私が下を向いているわけにはいかないですし、うまく行くときもあれば、行かないときもありますけれど、常に堂々と偉そうにしておくということは、かなり意識してやっていました。

里崎智也

里崎智也(さとざき・ともや)/元プロ野球選手・野球解説者

■1976年5月20日生まれ。徳島県鳴門市出身。
■小学2年生で野球を始め、鳴門市第一中学校では軟式野球部に所属。高校は鳴門工業高校。3年時にはキャプテンを務めるも甲子園出場経験はなし。
■帝京大学へと進学し、4年生で正捕手となり活躍。
■1998年のドラフト会議で、2位指名で千葉ロッテマリーンズに入団。背番号22。
■2年目の2000年に1軍出場を果たし、2003年からは本格的に正捕手として活躍。
■2005年には千葉ロッテの日本一に貢献。2006年には日本代表としてワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の優勝に貢献(監督は王貞治監督)。また2008年の北京オリンピックにも日本代表として出場した。
■千葉ロッテの中心選手として活躍し、2010年にもリーグ3位からの日本一に貢献。
■2014年の現役引退後は、千葉ロッテのスペシャルアドバイザーに就任。また解説者としてさまざまなメディアに登場し、冷静な分析と軽快なトークで大人気。2019年3月には自身のYouTubeチャンネル「Satozaki Channel」を開設。YouTuberとして活躍され、現在の登録者数は42.7万人。元プロ野球選手のなかでもトップの人気を誇っている。
■現在はフジ『野球道』、ニッポン放送『ショウアップナイター』など解説者として活動。

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