登場曲を変更した巨人・炭谷の「内海への思い」

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は6月3日に東京ドームで行われた古巣・西武との交流戦で、内海哲也投手から2ラン本塁打を放った巨人・炭谷銀仁朗選手にまつわるエピソードを取り上げる。

【プロ野球交流戦巨人対西武】2回 2点本塁打を放った巨人・炭谷銀仁朗=2021年6月3日 東京ドーム 写真提供:産経新聞社

6月3日に東京ドームで行われたセ・パ交流戦、巨人-西武戦。1回ウラ、ドーム全体が温かい拍手に包まれました。かつて巨人軍でエースを張った内海哲也が、西武のユニフォームに身を包み、2018年8月28日以来1010日ぶりに、東京ドームのマウンドへ上がったからです。

2018年のオフに、西武から巨人へFA移籍した炭谷。西武が巨人からの人的補償選手に指名したのが、プロテクト漏れしていた内海でした。これは伸びしろのある若手選手を優先してプロテクトした結果です。内海が不要ということではなく、「年俸の高いベテランを人的補償には選びにくいだろう」という読みもあったのでしょう。しかし、その読みは外れ、巨人ファンにとってモヤモヤが残る結果になりました。

そんな空気のなかで、巨人に移って来た炭谷。森友哉の急成長により出番が減り、新天地でのプレーを求めてFA宣言したのは、控えではなく、先発でマスクをかぶりたいからでした。層の厚い巨人に行ったのはある意味冒険でしたが、それだけの自信があったからです。

ところが……全試合スタメンを目標に臨んだ2019年の開幕戦。スタメンマスクは炭谷ではなく、早くも目標がついえてしまいました。結局、移籍1年目の2019年は58試合。2年目の2020年は56試合出場にとどまった炭谷。「控え捕手を獲るために、内海を出したのか?」とファンからは厳しい批判の声も。

ただし原辰徳監督は、経験の浅い若手投手が先発する際には炭谷にマスクをかぶらせることも多く、捕手としての経験値・能力を高く評価しています。「智之に新しい景色を見せてやってくれ」と、菅野とバッテリーを組ませたこともありました。

内海が予告先発した3日、あえて炭谷を先発でぶつけたのは、いかにも原監督らしい采配でした。この試合、内海は「全12球団から勝利」という記録も懸かっていました。移籍の経緯もあって「内海に勝たせてやりたい」というムードが漂っていたのは事実です。そんなムードを断ち切るには、内海が流出する原因となった炭谷を使うのがいちばん。2人はこれが移籍後初対決でもありました。

1−0と巨人が先制し迎えた2回、無死1塁の場面で、炭谷に第1打席が回って来ました。ネクストバッターズサークルで、内海の配球をじっと観察していた炭谷は、ツーシームが多いことに気付きます。初球、外角へのツーシームを一発で仕留めると、打球は右翼席に飛び込む今季1号2ラン。結果的に内海は、この回でマウンドを降りることになりました。まさに捕手ならではの“読み勝ち”の1発でした。

『入るとは思わなかった。ライト前をイメージして、コンパクトに打ちにいきました。次につなぐ意識でしたが最高の結果になりました』

〜『日刊スポーツ』2021年6月3日配信記事 より (炭谷選手コメント)

炭谷は守備でも再三いいプレーを見せ、4-2と2点リードした9回、小林誠司にマスクを譲ってお役御免となりました。最終回、西武は驚異的な粘りを見せて同点に追い付き、4-4で引き分けとなりましたが、逃げ切っていれば間違いなく炭谷がお立ち台の内容。十分存在感を示したと言っていいでしょう。

本塁打を打った第1打席で、炭谷は粋な演出を見せました。この打席だけ登場曲を、高梨康治の「PRIDE」に変更したのです。実はこの曲、内海が巨人在籍時に登場曲として使っていた曲でした。巨人ファンから「おお」と言う声も。この登場曲変更について、炭谷はこう語っています。

『「僕がFAで移籍して、人的(補償)という形で内海さんが西武に行って。いろんな思いがあった。(内海が)移籍後初の東京ドームということだったので、内海さんが使ってた登場曲を1打席だけ使わせてもらいました」。内海本人には知らせずサプライズで流し、思いの丈を表現した』

〜『日刊スポーツ』2021年6月3日配信記事 より

こういう気遣いを見せながら、いざ打席に立つと私情は挟まず、勝負に徹して本塁打を放った炭谷。みごとな古巣への“恩返し”でした。西武・辻発彦監督は試合後、こんなコメントを残しています。

『西武辻監督(巨人炭谷の2ランに)「前回の交流戦でも、打たれた思い出があるぞ。何本打たれているんだ、銀仁朗に」』

〜『日刊スポーツ』2021年6月3日配信記事 より

去年(2020年)は交流戦が中止されましたので、辻監督の言う「前回」というのは2019年の交流戦のことです。移籍1年目、元本拠地のメットライフドームに“里帰り”した炭谷。6月12日の試合、2-3と1点リードされて迎えた4回無死二・三塁の場面で、十亀剣の内角へのシュートをしぶとくセンター前へ運び、逆転2点打。これが移籍後初の決勝打となりました。

さらに翌日、6月13日の試合でも、1-0と1点リードの4回、2死二・三塁のチャンスに3号3ランを放ち、リードを4点に広げ連勝に貢献しています。古巣相手にこれだけ打てるのは、特別な力が湧くからでしょう。そういう選手を、原監督は求めています。

捕手は、他の選手とのコミュニケーションも大切なポジション。チームメイトとは普段から食事に行ったりして交流を図り、香月や廣岡のように他チームから移籍して来た選手にも、早くチームになじめるよう取りはからったり、そんな求心力も、原監督が評価する要素の1つ。阪神を追い上げ、パの王者を倒して、9年ぶりの日本一奪回を果たすために、炭谷は欠かせない戦力なのです。

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