かつてのWBCコンビ原監督・中島選手が巨人で実現した理由

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。本日は、オリックスを自由契約、来季から巨人でプレーすることになった中島宏之選手のエピソードを取り上げる。

オリックスを自由契約で退団した中島宏之 巨人が獲得 原辰徳監督と入団会見  提供産経新聞

 

22日、東京ドーム内で行われた中島の入団発表。1年契約の、推定1億5千万円で合意し、背番号は「5」に決定しました(ゲレーロは来季から「44」に変更)。会見には、原辰徳監督も同席。

「非常に、私の中でも吉報でございました。いつもは“ナカジ”と言ってるんですけど、なぜかこう、人懐っこいというかね……」

一方、中島も、巨人入りを決めた理由について、

「原監督の言葉、それだけです。『一緒のタイミングで(巨人に)入団して、一発やってやろう』と。そういう思いを伝えてもらったので、それだけで決めました」

まさに相思相愛。実はこの2人、2009年の第2回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、日本代表監督と選手という関係だったのです。このとき、野手がスタープレーヤー揃いで、1番を打ったイチローと、クリーンアップを繋ぐ2番打者のチョイスに頭を悩ませていた原監督。その役目を任せたのが、当時西武の中心打者だった、中島でした。

「右打ちができるじゃないか。細かいことを言わないから、2番で戦ってくれ」

時にはバントや進塁打も要求される難しい役目を引き受け、「2番・ショート」で7試合に出場した中島。バントもこなし、勝負所ではヒットを放つなど、打率.364、6打点をマーク。みごと原監督の期待に応え、世界一連覇に貢献しました。
韓国との決勝戦でも、中島はマルチヒットを記録。試合は延長10回、韓国の守護神・林昌勇(イム・チャンヨン、当時ヤクルト)から、イチローが決勝2点タイムリーを放って試合を決めましたが、2死2・3塁と1塁が空いていたあの場面、なぜ韓国バッテリーは、イチローを敬遠しなかったのか? 韓国は、それまで不振だったイチローよりもむしろ、チャンスに強い次打者の中島を恐れていたからなのです。
攻守にわたって、気迫を前面に出すところも原監督好み。以来、チームは違っても、プライベートで交流が続き、中島がメジャー移籍したときも激励した原監督。今オフ、中島のオリックス退団が決まったときも、すぐに連絡を取り、「また一緒に戦おう」とラブコールを送りました。

「真っ先に気持ちを伝えた。選手としての強さ、自己犠牲の両方を備えた選手はなかなかいない。巨人に必要なパーツ」

そう会見で口にした原監督。今季、故障や不振で77試合出場にとどまり、打率.289、5本塁打に終わった中島ですが、36歳でもまだまだやれると指揮官は見ています。会見では、あまり力まず、「ナカジ流」を貫いて戦ってくれればいい、と配慮を見せました。

「新チームになって張り切りすぎて、体に異常をきたすことがあっては困る。極端に言えば、キャンプ、オープン戦で結果があまり芳しくないというときでも、コンディションが良かったら、必ず1軍からスタートさせる」

と、この時点ですでに「開幕1軍」を確約。ポジションは、ファーストかサードになりますが、サードには若き主砲・岡本がおり、また21日に獲得が発表された新外国人・ビヤヌエバも強力なライバルになりそうです。原監督のもう一つの狙いは、「競争の激化=チームの活性化」。中島は、会見でこう抱負を語りました。

「巨人は伝統のある、常に勝たないといけないチーム。その中で毎日戦って、そういう球団だとは思っています」

来季、10年ぶりに同じチームで戦う“世界一”の師弟コンビが、巨人をどう変えていくのか、注目です。

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