伴走者は選手より速く走れなくてはいけない 〜パラ陸上伴走者・中田崇志

黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「あさナビ」(12月28日放送)にパラ陸上伴走者・パラスポーツメッセンジャーの中田崇志が出演。伴走者を志したきっかけと、伴走者としての心得について語った。

【リオパラリンピック2016】男子5000メートル(視覚障害T11) 和田伸也=五輪スタジアム 撮影日:2016年09月08日 写真提供:産経新聞社

黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「あさナビ」。12月27日(月)〜12月31日(金)のゲストはパラ陸上伴走者・パラスポーツメッセンジャーの中田崇志。2日目は、伴走者を志したきっかけと、伴走者としての心得について—

黒木)伴走者になられたきっかけは『ランナーズ』という雑誌の記事だそうですね。最初にメダルを獲られた高橋勇市選手が、伴走者を募集していらしたのを読んで、伴走者になろうと思われたということなのですけれども。

中田)そうですね。パラリンピックを目指しているけれど、伴走者が全然見つからない。そして本番では、自分より速い伴走者でないとゴールができない、力が出し切れない、ということを知りました。

黒木)自分よりも速い伴走者でないといけないのですね。

中田)そうです。

黒木)ついて行くわけにいきませんものね。

中田)横で「ゼェゼェハァハァ」苦しんでいる伴走者では心配になってしまうので。

黒木)そうですね。

中田)選手がいつでも平然と走れるように、それぐらいの走力を磨こうといまも思っていますし、それで力になりたいと思ったのがきっかけです。

黒木)全力で走りたくても誰かがいないと走れない、その記事をご覧になって、「よし、なろう」と思われたのですね。

中田)そのときに連絡をしたのは、私1人だったそうです。とてもたくさんの人が読んでいるランニングの雑誌だったのですけれども。それくらい、伴走者を探すのは大変なのだと、最近、高橋さんに教えてもらいました。

黒木)伴走者の方は、いまどれくらいいらっしゃるのですか?

中田)普段のジョギングの伴走をしてくれる方は世の中にたくさんおられるのですけれど、パラリンピックで出場する、メダルを獲るとなると、箱根駅伝に出るような選手や実業団の選手など、速い人でないと難しいのです。

黒木)中田さんの経歴を拝見すると、小学校のときはバスケをやりながらマラソンをやって、中学のときは水泳をやって陸上やって、高校のときは陸上やって、高野山ですか? そこでトレーニングなさって、山岳で重い荷物を運ぶ、そういうこともやっていらっしゃっています。子どものころから培って来られたものが、いま活かされているということでしょうか?

中田)そうですね。いろいろな種目に挑戦するなかで、「こうやったら、より早くなれる」というように、その技術を勉強しました。例えば重りを持って走るのも、どこに背負うと楽かなとか、同じ17キロでも身体に密着させた方が楽だな、とか。伴走も、「伴走ロープをどのように振ったら選手がより腕を振りやすいか」などということを考えています。

黒木)なるほど。

中田)選手は一歩が大きいと疲れてしまうから、いちばんいい歩幅はどのくらいかというのを練習のなかで……。

黒木)分析するわけですね。中田さんがアスリートでいらっしゃるから、ご自身もいまもトレーニングなさっているのですよね?

中田)私はもう40歳ですが、昨年、23年ぶりに自己ベストを更新しました。いま、すごく調子がいいです。

黒木)1500メートルですよね?

中田)そうですね。

黒木)3分台で走っていらっしゃる。

中田)はい。

黒木)まだまだ伴走者として走れますね。

中田)いろいろなことに挑戦したいと思っています。できれば冬季のパラリンピックに向けてスキーをやりたいと思っています。

黒木)スキーの伴走者?

中田)そうですね、声でガイドする視覚障害者のスキーもあるので、そういうものにも今後チャレンジしてみたいと思います。

黒木)「伴走者は道案内ではない、自分自身の競技でもある」とおっしゃっています。だからこそ、伴走者にもメダルがいただけるということなのですね。

中田)2人で1つの競技として、これからもやりたいと思います。

中田崇志

中田崇志(なかた・たかし)/ パラ陸上伴走者・パラスポーツメッセンジャー

■1979年・宮城県仙台市出身。
■中学時代に陸上競技を始め、大学時代には日本インカレ・3000m障害で7位入賞。
■東京学芸大学卒業後、NTTデータに勤務しながら、陸上競技を継続。
■2003年にパラ陸上長距離の伴走に取り組む。
■2004年、高橋勇市選手と共にアテネパラリンピックに出場。マラソンで優勝。
■2012年、ロンドンパラリンピックでは、和田伸也選手と共に出場。5000mで長距離立位初となる銅メダルを獲得した。
■2021年の東京パラリンピックでは、パラ陸上にかかわるきっかけとなった橋勇市とともにパラトライアスロンの伴走者として出場を目指した。
■パラ陸上における百戦錬磨の伴走者であり、パラ陸上のスペシャリストである。

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