体操界のキング・内村航平が羽生結弦に“共感”する理由

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、1月14日に引退会見を行った体操・内村航平選手と、羽生結弦選手にまつわるエピソードを紹介する。

【内村航平引退会見】会見に臨む内村航平=2022年1月14日午前、東京都品川区 写真提供:産経新聞社

【内村航平引退会見】会見に臨む内村航平=2022年1月14日午前、東京都品川区 写真提供:産経新聞社

『今日、引退会見をやってますけど、本来の引退は3月12日なんです。というのも3月12日に最後の舞台というのを東京体育館でやりたいと思ってて、そこで最後、この全身痛い体にむちを打って、6種目やろうかなと思っています』

〜『THE PAGE』2022年1月14日配信記事 より

1月14日に都内で引退会見を行った、男子体操界のキング・内村航平。五輪で個人総合2連覇を果たし、7個のメダルを獲得したレジェンドも、現在33歳です。東京五輪終了後、北九州市で行われた世界選手権に向けて練習をして行くなかで、肉体的・精神的なしんどさを感じたと言います。

生身の人間が実現可能な技をストイックに追求して来た内村にとって、自ら「世界一の練習」と語る日々のトレーニングは生命線です。それが満足にできなくなったことが、引退を決断する大きな理由になりました。体操選手としては異例の「引退試合」で6種目を披露するのは、オールラウンダーであり、どの種目でも高度な技を見せて来た内村の意地と矜持を感じます。

そのための準備は「五輪代表になるより苦しいことで、憂鬱になる」とこぼしつつも「しっかりやり切りたい」と宣言した内村。引退試合開催は、体操の魅力を伝え、自分のあとに続く選手が出て来て欲しい、というメッセージでもあります。

技に関しては、会見でこんなやりとりがありました。「内村選手の名前が付いている技はまだないと思うが、未発表で出したくても出せなかった技はありますか?」という質問に、「披露すれば確実に“内村”の名前が付いていた技はもちろんあるが、個人総合でトップを維持するためにあえてやらなかった」と語ったあと、こう付け加えました。

『実際2013年にアントワープの世界選手権で白井健三が跳馬でユルチェンコ3回ひねりという技を成功させてシライ/キムヒフンという技名になったんですけど、あの技は2010年の全日本選手権、種目別決勝で、僕は最初にやっているので、健三に取られたという技ですね』

〜『THE PAGE』2022年1月14日配信記事 より

その高難度の「ユルチェンコ3回ひねり」を最初に成功させながら、内村がその後トライしなかった理由は「個人総合で使うには、安定させるのが難しい」と判断したからです。技に名を残すより「オールラウンダー・内村」を優先させ、メダルという結果を取りに行った。それも1つの選択です。

内村の話を聞いて筆者は、プロ野球界で三冠王3回の偉業を達成した落合博満氏の話を思い出しました。「日本では前人未踏の打率4割に挑戦しようとは思わなかったんですか?」という筆者の問いに、落合氏は「4割は打とうと思えば打てたと思う。けれど世間はホームランと打率の両方を求めた。だから自分は三冠王を獲りに行ったんだ」……内村の話に通じる答えです。

ある競技で頂点を極めた孤高のアスリートは、他競技でさらなる高みを目指すアスリートに興味を示すことがあります。内村もその1人。引退会見で「後輩たちに残したい提言は?」という問いに、こう答えました。

『体操だけうまくても駄目だよっていうことは伝えたいですね。やはり人間性が伴っていないと競技、僕が若いときは競技だけ強ければいいと思ってやってきたんですけど、やっぱり結果を残していく中で、人間性が伴ってないと誰からも尊敬されないし、発言に重みがないというか』

〜『THE PAGE』2022年1月14日配信記事 より

内村はさらに、その実例として、2人のアスリートの名前を挙げました。メジャーリーグでも二刀流で大活躍した、エンゼルス・大谷翔平と、北京で五輪3連覇を目指すフィギュアスケート・羽生結弦です。

『大谷翔平君も羽生結弦君も、人間としての考えが素晴らしいからこそ、国民の方から支持されている。結果も伴っている。そういうアスリートこそ本物』

〜『日刊スポーツ』2022年1月14日配信記事 より

投打二刀流という、まったく別の才能をハイレベルで同時に発揮している大谷。6種目を高次元でこなして来た内村がシンパシーを感じるのはよくわかります。一方、羽生に対してはどこに共感しているかと言うと、五輪連覇達成という共通点の他にもう1つ、「大技への挑戦」です。

内村は昨年(2021年)、鉄棒のH難度「ブレトシュナイダー」に取り組んでいました。「後方抱え込み2回宙返り2回ひねり」のことで、ブレトシュナイダーは2014年に成功させたドイツ人選手の名前。逆さになった状態でバーから両手を離し、空中で体を2回ひねって、またバーをつかむという非常に難易度の高い大技です。

2018年からこの技に取り組み、練習では成功させていた内村。2020年の全日本シニア選手権で初めて披露しました。鉄棒に絞って出場した東京五輪でも「ブレトシュナイダー」に挑みましたが、落下し予選落ち。しかし2ヵ月後の2021年9月、全日本シニア選手権に出場した内村は再びこの技に挑み、みごと成功させました。

高難度の技に飽くなき挑戦を続ける内村の姿に、感銘を受けていたのが羽生結弦です。羽生も“人類初”のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)に挑戦中で、内村の挑戦は「刺激になっている」とコメントしていました。

2021年4月16日、東京五輪の代表選考を兼ねた体操の全日本選手権が開幕した日に、羽生もフィギュアスケートの世界国別対抗戦に出場。開幕前日、インタビューに答えた内村は、羽生の発言を受けてこうコメントしています。

『もう結果じゃないところに目を向けて、いま新しいことにチャレンジしている。お互いにそういう性格だと思う。常に現状に満足しないでやっていて、それが4回転半だったり、僕の場合だとブレトシュナイダー。採点競技ですし、五輪で2連覇し、何か常に人の一歩先を見て演技を組み立てて、人がやってないようなことをやりたいっていう。競技は違えど、自分の満足する演技をして、人に採点してもらって結果が出る競技。やっぱり得点とか結果じゃない部分に目を向けてやっているのは本当に似ていますね』

〜『東スポWeb』2021年4月15日配信記事 より

「自分も逆に、羽生から刺激を受けている」と語った内村。五輪連覇という結果に満足せず「人間ってどこまでできるんだろう?」と限界に挑戦し続けた2人だからこそ、わかり合える世界なのでしょう。内村は引退後も、体操の技を追求して行く、と語っています。

『僕としては、自分の体が動くまでは、体操を研究したいっていう気持ちが強くて。やっぱり、技術を研究したいっていうのと、やっぱり体操の技のやり方っていうのには答えがないので、答えがない中でも、やっぱり理想のやり方とかがあるので』

〜『THE PAGE』2022年1月14日配信記事 より

「求道者」とはこういう人のことを言うのでしょう。3月12日、内村の引退試合では、他の選手たちもゲストで招かれる模様です。その時期には北京五輪は終わっていますし、ひょっとすると、何らかの形で羽生との「競技の垣根を超えたコラボ」が見られるかも知れません。

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