北京パラ五輪主将・村岡桃佳 「こんなときだからこそ」“師匠”とともに金を目指す「理由」

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、3月4日に開幕する北京パラリンピックで日本選手団の主将を務めるアルペンスキー・村岡桃佳選手と、その師匠的存在・森井大輝選手にまつわるエピソードを紹介する。

【北京2022パラリンピック 日本選手団結団式】結団式後、北京パラリンピックのマスコット「シュエロンロン」を手に記念撮影に応じる村岡桃佳主将=2022年2月24日午後、東京都新宿区 写真提供:産経新聞社

ロシアがウクライナへ軍事侵攻を開始した翌週、開幕を迎えることになった北京パラリンピック。ロシアと、侵攻に協力的なベラルーシの選手に対して、IPC(国際パラリンピック委員会)は当初「国名、国旗、国歌を一切使わない中立の選手として、個人の資格での参加を認める」としましたが、3月3日に一転、その決定を覆し「両国の選手のエントリーを拒否する」と発表しました。

これは、IOC(国際オリンピック委員会)が各国際競技団体に、ロシアとベラルーシの選手・役員を国際大会から除外するよう求めた方針に足並みを揃えたものです。昨年(2021年)12月、国連では北京五輪・パラリンピックに合わせて「五輪休戦決議」が採択されています。ロシアの軍事侵攻はこれに反するもので、IOC・IPCが取った厳しい措置は当然と言えるでしょう。一刻も早く戦火が止むことを願ってやみません。

そんな「戦時下」の状況で幕を開けることになった北京パラリンピック。開会式ではどんなメッセージが発されるのかも注目されています。具体的な演出については始まってからのお楽しみですが、日本選手団入場の際にぜひ注目して欲しい選手がいます。日本選手団の主将を務めるアルペンスキー・村岡桃佳です。

主将に抜擢された村岡は、3月3日・桃の節句に誕生日を迎えたばかりの25歳。4歳のときに病気の影響で下半身がまひ。1本のスキー板の上に座席が付いた「チェアスキー」に乗って滑る座位カテゴリーの選手で、冬季パラリンピックには今回が3回目の出場になります。

名前を聞いて「去年、東京パラリンピックにも出てなかった?」と思った方も多いでしょう。その通りです。村岡選手は車いす陸上で東京パラリンピックにも出場した二刀流の選手。夏季も含めると、4度目の大舞台になります。

前回の冬季パラリンピック・平昌大会(2018年)で、村岡はアルペンスキー5種目に出場。大回転で金メダル、滑降と回転で銀メダル、スーパー複合とスーパー大回転で銅メダルと、出場した全種目でメダルを獲得するという快挙を成し遂げました。

平昌のときは早稲田大学に在学中で、挑戦する立場でしたが、今回は目標とされる立場で出場。大回転では連覇が懸かっています。それだけに、掛かるプレッシャーも相当なものがあるでしょう。そんな村岡の心の支えになっている存在が、師匠格の森井大輝(41歳)です。

森井は、2002年のソルトレイクシティ大会から今回の北京大会まで、6大会連続で冬季パラリンピックに出場。20年以上にわたって第一線で活躍するアルペンスキー界のレジェンドで、村岡と同じトヨタ自動車に所属しています。

村岡は中学時代、森井に憧れてアルペンスキーにのめり込み、その背中を追って、ときには指導も受けながら実力を伸ばして来ました。努力が実り、2014年、村岡は高校生のときにソチパラリンピックに出場。実はこのとき日本選手団の主将を務めたのが森井でした。

初出場の村岡に声を掛け、アドバイスを送り、励ました森井。2月24日、日本選手団の結団式に主将として出席した村岡は、会見でこう語っています。

『今回、主将になったことに対して何か(言葉が)あったわけではないけれど、(森井)大輝さんは常に『桃佳だったら大丈夫だよ』と言ってくれる。いつも私のことを近くで見てくれて、すごく心強いなと思っています。私自身、チームを引っ張る大輝さんの姿をイメージして育っているので、頼もしい背中ではないんですけど、私もそれくらいかっこいい背中を見せて歩けるような主将になりたい気持ちは大いにあります』

〜『パラサポWEB』2022年2月25日配信記事 より

森井は2006年のトリノ大会から前回の平昌大会まで、4大会連続で銀メダルを獲得。「シルバーコレクター」と呼ばれています。過去5大会で銀メダル4個・銅メダル1個を手にしていますが、金メダルにはなぜか縁がありません。「いちばんいい色のメダルを獲得したい」という思いが、40代になっても現役を続けるモティベーションになっています。

新型コロナ禍で、国内外の大会が軒並み中止となったときも、森井は肉体を鍛え直すチャンスととらえ、何と自宅を改造して本格的なトレーニング用のジムを設けました。外に練習に行けないなら、自分の家で練習すればいいという発想ですが、逆境をプラスに変える姿勢が、年齢を感じさせない滑りにつながっています。

筆者は以前、森井を取材する機会があり、その際自分が乗るチェアスキーについてメカニカルな話をしてくれたことが強く印象に残っています。森井はメーカーの技師と相談し、より速く安定して滑るためにチェアスキーを部品レベルで改良。トップクラスの選手は道具の面でも研究を怠らないんだなと、深く感銘を受けました。

今回、6度目の大舞台を前に、森井はこんな抱負を語っています。

『競技をしていくうえで、たくさんの人にサポートしてもらっている。恩返しをするなら、成績。成績というと、メダルなのかなという思いがある』

〜『読売新聞オンライン』2022年3月1日配信記事 より

常に新しいことに挑戦し、さらに上を目指す姿勢、周囲への感謝を忘れない心配りも、森井から村岡が学んだことです。村岡は、結団式の「決意表明」でこう宣言しました。

『東京から引き継いだこの冬季大会までの流れを絶やさないよう、決して諦めない覚悟を持ち、全力で戦い抜くことをここに誓います』

〜『パラサポWEB』2022年2月25日配信記事 より

自国開催の東京パラリンピックで、パラスポーツが世間に注目されたいま、その流れを引き継ぐには、北京で自分たちが結果を出すしかありません。東京パラリンピックに出場した半年後に、日本選手団を引っ張る重責を担った村岡。プレッシャーは掛かりますが、抱負はあくまで「桃佳流」でした。

『いつもの私らしく笑顔で明るく楽しみながらレースをして、そして日本選手団の前に立って進んでいけたらいいなと思っています。がんばります!』

〜『パラサポWEB』2022年2月25日配信記事 より

こんなご時世だからこそ、競技自体を楽しみ、スポーツの楽しさを伝えたい……それもまた、アスリートができること。師匠・森井とともに、目指すは「師弟金メダル」です。

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