「武豊のために」 53歳、6度目のダービー制覇を支えた「2人の盟友」

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、5月29日に東京競馬場で行われた「第89回日本ダービー」で6度目のダービー制覇を達成。最年長勝利記録をつくった武豊騎手と、快挙を支えた馬主・調教師にまつわるエピソードを紹介する。

【競馬東京】[第89回日本ダービー(東京優駿)]1着13番 ドウデュース 2分21秒9のレースレコードでGI2勝目 武豊騎手は最年長53歳で史上最多6度目制覇=2022年5月29日 東京競馬場 写真提供:産経新聞社

『たくさんのお客さんの前でレースができ、僕自身ダービーを勝って見る景色は久々だったので、嬉しかったです』

〜『サンスポZBAT!』2022年5月29日配信記事 より(武豊のコメント)

5月29日に行われた、年に1度の競馬の祭典・第89回日本ダービー(GI、東京競馬場、芝2400メートル、18頭立て)。今年(2022年)の3歳馬・7522頭の頂点に立てる馬はたった1頭。騎手、調教師、馬主にとっても、ダービーを勝つことは最大の栄誉でもあります。

今年のダービーは混戦模様で、クラシック初戦・皐月賞の上位4頭(ジオグリフ・イクイノックス・ドウデュース・ダノンベルーガ)の争いとみられていました。この4頭の人気は拮抗。1番人気は川田将雅騎乗のダノンベルーガでしたが、レースを制したのは3番人気・武豊騎乗のドウデュースでした。

武豊は、今回が通算33回目のダービー騎乗。過去5勝は歴代最多ですが、2013年にキズナで勝って以来、しばらく「ダービージョッキー」の座からは遠ざかっていました。

若いころは、放っておいても有力馬の騎乗依頼が来た武豊。もちろんいまもJRAのトップジョッキーの1人であり、50代になっても、2019年=111勝、2020年=115勝と、2年連続で年間110勝以上を挙げています。

経験がものを言う競技とはいえ、若いジョッキーたちに交じってこの成績を挙げるのは驚異的なこと。鍛錬を欠かさず、つねに研究熱心。だからこそ武豊は他のジョッキーたちから尊敬されているのです。

そんな武豊でも、最近はGIレースで人気の低い馬に乗るケースも増えました。やはり馬主サイドとしては、ここ一番では若くて勢いのあるジョッキーに騎乗を頼みたくなるもの。

日本ダービーで武豊が騎乗した馬の人気を見てみると、2013年に勝ったキズナは1番人気でしたが、2014年〜2021年までの8年間は「5、8、7、7、11、10、4、7」番人気。世代最高の精鋭たちが揃うダービーでは、いくら百戦錬磨の武豊といえども、低人気の馬で勝つのは厳しいものがあります。

過去8年間の成績は、2016年・エアスピネルの4着(7番人気)が最高で、武豊の騎乗馬は1度も馬券に絡めませんでした。年齢を重ねるにつれ、ダービー勝利から遠ざかっていったのはそんな事情もあったのです。

それだけに、新馬戦からずっと騎乗し、昨年(2021年)12月、朝日杯FS(GI)に勝って2歳王者となったドウデュースは、武豊にとって久々に「ダービーを本気で狙える馬」でした。

なぜ武豊に騎乗依頼が来たかというと、ドウデュースのオーナーである株式会社キーファーズ・松島正昭代表は大の武豊ファンであり「自分の馬で、武豊に凱旋門賞を勝たせる」ことを夢見て、高額馬を購入している人だからです。

20年ほど前に共通の知人を介して憧れの武豊に初めて逢い、すぐに意気投合して友人になったという松島氏。馬主になったのも、松島氏があまりに馬券で負けているのを見かねた武豊が「だったら、馬主になったほうがいいですよ」と勧めたのがきっかけでした。

『馬主を始めた頃は豊君がケガで苦労していた時期でした。そんな時に『夢は凱旋門賞』って聞いたので、それなら僕も協力しようと。それで2年目にラルク(税抜き1億4500万円)を買いました。そこからみんなに走らん走らんって言われながらも高い馬を買い続けて、今に至る感じです(笑)』

〜『デイリースポーツonline』2021年10月2日配信記事 より(ドウデュース・松島オーナーのコメント)

「馬主が求めるのは賞金ではない。ロマンだ」と言うのなら、まさに松島氏は馬主の鑑(かがみ)。英ダービー3着・ブルーム(牡5歳、アイルランド)の共同馬主となり、昨年秋の凱旋門賞で、武豊はブルームに騎乗。しかし結果は11着に終わりました。武豊はレース後、こう語っています。

『スタートは遅かったが、うまくリカバリーできたし、ポジション取りは完璧だった。ただ、直線ではあまり手応えがなかったですね。結果は残念ですけど、また来年も絶対に乗りたいと思いました』

〜『デイリースポーツonline』2021年10月4日配信記事 より

「次こそ、凱旋門賞で勝つ!」とリベンジを誓った武豊と松島氏。その松島氏が今年(2022年)のクラシック戦線を戦う候補として用意した素質馬が、ドウデュースでした。

朝日杯FSで2歳王者となり、クラシック初戦の皐月賞(中山競馬場、芝2000メートル)は、1番人気に推されたドウデュース。後方でじっと足をため、最後の直線でスパートをかけましたが、前を行くジオグリフ、イクイノックスをとらえきれず3着。「距離がもう少し長ければ……」という惜敗でした。

『結果的に後ろ過ぎたかな。大事に行こうと思ったけど、流れなかった』

〜『デイリースポーツonline』2022年4月18日配信記事 より(武豊のコメント)

レース後に悔んだ武豊。「流れなかった」というのは「展開が思ったよりハイペースにならなかった」という意味です。皐月賞の前半1000メートル通過は、60秒8の平均ペース。このペースだと、早めに前へ行った馬が直線でバテないため、ドウデュースのように末脚勝負の差し馬には不利な流れになります。

とはいえ、武豊の判断がまずかったわけではなく、皐月賞は展開が向かなかっただけ。距離が皐月賞より400メートル伸びるダービーなら、ドウデュースの末脚が活きる、という手応えを陣営も感じたようです。

もう1人、今回のダービーで「武豊とドウデュースに勝ってもらいたい」と力を注いだ人物がいます。過去、管理馬でダービーを2度制している友道康夫調教師です。

『春になって負けはしましたが、内容は勝ちに等しい。東京で広いコースで力通り走ってくれれば、一番強いと思っていました』

〜『日刊スポーツ』2022年5月30日配信記事 より(友道調教師のコメント)

友道師は、現在58歳。53歳の武豊より少し年上ですが、若くしてスタージョッキーになった武豊は昔から憧れの存在だったそうです。友道師が浅見国一厩舎で厩務員〜調教助手として修業していたころ、武豊はよく厩舎に遊びに来ていました。友道師とは旧知の仲で、自分の管理馬・ドウデュースに武豊が騎乗、ダービーを共に戦えることは、友道師にとって感慨深いものがありました。

武豊・松島オーナー・友道師……強い信頼感で結び付き、ドウデュースを世代最強と確信する3人が描いた共通の夢は「ダービーを制し、凱旋門賞に行って勝つ」。5月29日、真の実力を示すときがやってきました。

ゲートが開くと、皐月賞馬・ジオグリフと、1番人気・ダノンベルーガは中団に。ドウデュースは2番人気・イクイノックスと共に、後方に控えました。

『スタートが速い馬ではないのですが、想定していたポジションが取れました。馬場が良いにしてもペースが速く、マイペースでいこうと思っていました』

〜『サンスポZBAT!』2022年5月29日配信記事 より(武豊のコメント)

1000メートル通過は58秒9のハイペース。末脚勝負のドウデュースにとってはいい流れです。ペースが緩まないまま、レースは最後の直線へ。ここで大外から伸びてきたのが、後方で脚をためていたドウデュースでした。

『4コーナーを回る時、しびれるような手応え。ゴーサインを出してから先頭に立つのが早く、気を抜きそうになりましたが、最後までしっかり走ってくれました』

〜『サンスポZBAT!』2022年5月29日配信記事 より(武豊のコメント)

前にいた馬を剛脚で次々にかわし、残り200メートルで先頭に立ったドウデュース。ルメール騎乗のイクイノックスが猛烈な追い上げを見せましたが、クビ差振り切りゴール! 2分21秒9のダービーレコードを記録しての快勝でした。

これで武豊はダービー6勝目と、自身の持つ最多勝利記録を更新。また53歳2ヵ月でのダービー勝利は、これまで増沢末夫が持っていた最年長記録・48歳7ヵ月を大きく上回るものでした。

また友道師もダービー3勝目で、これも調教師では現役最多。まさに記録ずくめの勝利となりました。6万人を超す観衆からは「ユタカコール」も。陣営は今秋、ドウデュースの凱旋門賞挑戦を発表しました。

『こんなに胸が躍ることはないですね。日本ダービーを勝って、その馬で行くというのは。もちろん馬の状態とかが一番ですが。大きな目標を与えてもらえたなと思います』

〜『日刊スポーツ』2022年5月29日配信記事 より(武豊のコメント)

凱旋門賞を勝った日本人ジョッキーはまだいません。1994年、ホワイトマズルで初挑戦してから28年。ドウデュースと、支えてくれる盟友、松島オーナー・友道調教師と共に、53歳・武豊は「今度こそ」世界の頂点を目指します。

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